ファローン、塔を案内される
二人の導師に引き合わされたファローン、今度はセインに部屋まで案内してもらいます。
いろいろ気になることが……?
ファローンはセインの後をついていきながら、先ほどまでの緊張した雰囲気や、いかにも厳しそうな二人の表情を思い出していた。
きっと今までに様々な厳しい試練をくぐりぬけ、修練を積んできたのだろう。その厳しい修練を自分も受けるのだと思うと、改めて身の引き締まる思いがする。
長の部屋を出て回廊を渡る。いつも王宮の窓から見上げていた塔に、今自分はいるのだ。
「ここの構造、早く覚えてくださいね。結構複雑ですから、迷わないように。今出てきたのが長の部屋。ここから下の階は魔術師の方々の居住区になっています。まあ、このあたりは普通なら立ち寄ることはまずないと思います。呼び出されない限りは。それからこちらへ」
回廊の手すりが切れた部分に立ち止まり、セインは口の中で何事かつぶやいた。足元に光る円が出現する。
「下層から上層に向かったり、上層から下層に向かう場合、こうやって中庭のホールを行き来します。お二人の世話をしている僕は、長様から特別に魔法をかけていただいているので、魔法が使えます。どうぞゆっくり乗ってください」
ファローンは恐る恐る足を踏み込んだ。固い石畳の感触ではなく、ふわふわと足が地に着いていない。
「自分で昇降できるようになるまでは階段を使ってくださいね。では一階まで降ります」
言うが早いか、光る円は下へと降りはじめた。
一階まで降りると、王宮とは反対の方向へ歩き始めた。
「この先に図書館があります。通路でつながっていますから、雨の日でも濡れることはありません」
その建物の中は静まり返っていた。時折誰かの足音が響く程度だ。黒いローブをまとった魔術師が幾人か、分厚い書物に取り組んでいる。
「ここには古今東西の大陸全土から集められた魔術に関する書物がすべて収められています。ここにくれば大抵欲しい本は手に入ります。ただし」
とセインは声を潜め、図書館の一角を指差した。そこにある本は背表紙がすべて黒く、その付近全体がどんよりとした雰囲気に包まれている。誰一人として近寄る者はない。
「あそこは、黒魔術に関する書物が集められています。うかつに近寄らないほうがいいです。かつて、四十年ほど前に、ふとしたことで黒魔術の本を手にし、そのために闇に落ち、挙句の果てに塔から追放された方もいらっしゃったそうですから」
その口調があまりにも恐ろしげだったので、ファローンは身を震わせた。黒魔術と言えば、育む白魔術と対極にある破壊を司る魔法。
「まあ、興味本位で手を出すものではありませんね。身を滅ぼすだけです」
図書館を出て、再び塔に戻る。
「ご存知だと思いますが低層階から上層に向かうに従って高位の魔法使いが住んでいます。一番下の階層は成人(十四歳)を迎えていない子供たちの居住スペースです。ファローン様もここにいらっしゃったでしょう? 階級が上がるに従って居住空間も上へ、大部屋から個室へと移っていきます。先ほど顔合わせしたお二人は最高位ですから、ほぼ天辺のあたりに部屋があります」
多くの魔術師の卵たちとすれ違いながら、二人は中庭に出た。高い塔の一番底にいるのに明るい。上を見上げると、先ほど二人が降りてきたときと同じように、光の円が上下に動いていくのが見える。
「なぜ井戸の底なのに明るいかご存知ですか?」
唐突にセインに聞かれ、ファローンは授業で習った内容を思い出した。
「壁に光を反射・屈折させる魔術がかけられているから、です」
「そのとおりです。では、お部屋にご案内します」
先ほどと同じ光の円に載ると、二人はぐんぐん上がって行った。
「あの、どこまで上がるのでしょうか……」
不安になってファローンは口を開いた。こんなに高い位置だと、まだろくに魔術の使えない自分では落っこちてしまう。
セインは苦笑して振り向いた。
「実はですね……二人が導師なのだから、隣に部屋をと長様が仰いまして」
「えっ」
塔の上部が見えるあたりまで上がってきてようやく、光の円は回廊に降りた。
「ファローン様の部屋はこちらです。向かって右側がユレイオン様のお部屋、左側がシャイレンドル様のお部屋です」
「ありがとう」
扉を開けて入ってみる。おそらく元々は使用人のための部屋なのだろう。縦に細長く、いくつかの部屋に区切られている。
「一番手前をお使いください」
「あの、セインさんもこちらに?」
しかし彼は首を振った。
「中層階に。私は成人は迎えておりますが、まだ低位なものですから、中層階の大部屋に多人数で住んでいます。お二人のお世話の際はそこから通っております」
「では、私も本来はそこに住むべきなのではありませんか。私も先日十四を迎えたところですし」
「それが……長様のご命令でして。まあ、確かにあの二人に慣れるまでは近くにいらっしゃるほうがいいかもしれません」
「そうですか……あなたはここに何年いらっしゃるのですか?」
「私ですか? ここには五年になります。成人は二年前に済ませました」
セインは答え、首をかしげた。
「ここの修行は大変なのでしょう?」
「大変……ねえ。そう言えなくもないですけど……」
複雑な表情を浮かべて、セインは言った。それから思い出したように、
「そうそう、明日からしばらくは僕の手伝いをしてもらうことになると思います」
と話題を変えた。それに気付かずファローンは身を乗り出した。
「どんなことですか?」
「当面はあのお二人の身の回りの世話ですね。朝は起こしにきますから」
「あのお二人の?」
「ええ、僕はあの二人の世話を専門に行っています。ファローン様にもそのお手伝いをしていただきます」
「はい、わかりました。ところであなたも魔術師の卵なのですか?」
ファローンは、魔術師の卵が使用人のようなことをしていることに驚いていた。セインはうなずいた。
「ええ、一応は。……僕はこの塔に入ったいきさつが多少複雑なので、召使もするんです。魔術師の卵といってもまだまだ見習いの段階で、額のサークルすらもらえてないんですよ」
額を指差してセインは薄く微笑んだ。そういわれれば、他の魔術師たちはみな額にサークレットをはめている。
「じゃあ、あのお二方に師事していらっしゃるんですか?」
「まさか!」
セインはぎょっとして否定した。
「じゃあ、他の方に?」
そういいながら、他の方に師事しながらあの二人の召使をしているのだろうか、だとしたらその人の世話は誰がするのだろう、とファローンは首をかしげた。
「いいえ。……最初に言っておきますけど、あの二人に期待しないほうがいいですよ」
「期待って?」
しかしそれに答えず、セインは戸口に向かった。
「追々分かりますよ。では、明日の朝、豹の第三刻限に起こしに参りますので」
セインは出て行った。
ファローンは独りきりになった部屋を見回し、一つため息をついた。




