ウェルノールとの出会い
「あ、失礼」
あまりの人の多さに半ば朦朧となっていたユーフェミアは、その声で我に返った。彼女自身のお披露目のための宴とはいえ、山のように人を紹介され、挨拶を返し、微笑みかけたものだから、記憶はすっかり混乱してしまい、気も遠くなりかけたところだった。父ザイアスも主催者である手前、娘にばかりついているわけにも行かず、向こうの方で誰かと歓談している。自分もどこかの話の輪に入ろうと思ってはいたのだが、何か気後れがしてグラスを持ったままさまよっていた。
「大丈夫ですか? 顔色がよくないようですが……」
声をかけた相手は心配そうに娘の顔を覗き込んだ。
「え、ええ。大丈夫ですわ。ちょっとぼうっとしていただけですの……」
反射的にそう答えて、相手の袖の赤い染みに気づく。見ると自分の持っていたグラスの中身が半分になっていた。自分がこぼしたに違いない。
「ま、まあ、どうしましょう」
ユーフェミアはうろたえてレースのハンカチを握りしめた。相手の着ているのは地紋の入った白い絹地で、赤い染みはこすったところで取れそうにもなかった。
「……ああ、これのことですか。これは元からなのですよ」
彼女の様子に気づいた男がこともなく言う。
「そんな……わたくしですわ。わたくしがこぼして……」
「いいえ、さっき私が自分でこぼしたんですよ。あなたのせいではありません。安心なさい」
やさしく男は言った。それは明らかな嘘だった。自分を困らせまいとする相手の配慮が嬉しくて、彼女は涙ぐみそうになった。
「それより少し休んだほうがよさそうですよ。テラスへ出ましょうか。風があって涼しいですよ」
「は、はい。ありがとうございます」
手を取られて初めて相手の顔をまともに見上げた娘は、そこで言葉を失った。少し憂いを含んだ薄暮色の瞳。銀の洪水に飲み込まれそうになった。
実を言えばそれからのことはよく覚えていない。何もかも夢のようだった。テラスで冷たい飲み物を取ってきてもらい、その後、その人と踊ったのは確かである。踊っていてもその人の瞳の色しか目に入らなくて、よくステップを間違えなかったものだと後になって思った。もしかしたら間違えたのかもしれない。踊った相手が教えてくれないので真偽は不明だが、きっと聞いても教えてくれないだろう。……その人こそが、今、自分の目の前にいるウェルノールだった。




