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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
ウェルノール、ユーフェミアと婚約する
15/101

モントレーの影法師

「おるか、セゼル」

「お呼びでございましょうか」

 夜も更けたモントレーの寝室。誰もいないはずの私室で、モントレーの呼び声に答えが返った。机の上のランプが床に投げかけるモントレーの影法師がむくっと起き上がり、人の姿を取る。

 影から染み出してきたのは黒いローブを身にまとったやせた老人だった。

「そちらの首尾はどうじゃ」

「滞りなく進んでおります。アダの聖獣はもはやこちらの手の内にございます。また、リムラーヤの王城の守護結界についても、あちこち仕掛けをしておきましたゆえ、今頃はほころびができて魔術的には落としやすくなっていることでございましょう。むろん、普通の者には分からぬほどのほころびですが、城飼いのひよっこどもが気づいた頃には手に負えぬことになっておりましょうぞ」

 そういう老人の顔は楽しそうである。

「ふむ。こちらも今日ランスフォールの若造を呼んでユーフェミアとの婚約の話を整えたところじゃ。……若造めが、すべてこちらの計画のうちとも知らずに嬉しそうにしておったわ。……最後には消されるとも知らずにのう」

 くっくっと低い笑いを漏らす主の顔には、娘や将来の娘婿となる男を迎えたときのような柔和さはかけらもない。あるのは、野心に燃え、双眸をぎらつかせた脂ぎった政治家そのものの顔である。

「そうですか。ではいよいよでございますな」

「うむ。王都にいるあれに気づかれぬうちにな。……あれが気づけば王に注進するであろう。……わしに似ず勤勉実直な男に育ったものよ。やはり血は争えぬのう」

 モントレーは、王都でリムラーヤ国王ギーランド二世の側近まで上り詰めた養子のことを思い起こした。かつてモントレー家の侍従頭を務めていた男の残した子供が、今では自分の息子として王の傍に侍っている。

 この出来のよい血のつながらない息子はモントレーには自慢の息子であったが、ユーフェミアを授かってからはその愛は娘にすべて注がれていた。

「ご子息を見殺しになさいますので?」

「見殺しにするつもりはないが、あれの才覚が王の目に留まり、傍に召された時より袂は分っておるわ」

 目的は違えど手段を一にした同志に向けるその視線は、悪意に満ちている。これが娘を思う父のもう一つの顔であることを、娘は知らない。

「各都市の工作のほうも着々と進んでおります。西の三都市は我々に同意する旨の書状がじきに届きましょう。東の一都市参加も干渉もせぬ、との話ゆえ、問題はないかと」

「うむ」

「兵の方は万全でございましょうな」

「うむ、集まった兵は国境の砦に集めてある。表立っては分らぬかも知れんが、金につられて続々と傭兵が集まってきておる。抜かりはないわ」

 モントレーはほぼ満足の体で杯を揺らし、窓の外を見やった。

「わしももう若くはない。わしの持っておるもの全てをユーフェミアに残してやりたい。……首都リムラーヤでぬくぬくと玉座にくるまっておる若造の驚く顔が見てみたいものよの」

 五年前、各都市国家に課せられる関税の緩和を訴えて、首都に赴き直々に若き王ギーランド二世に訴えたことがあった彼は、その時の王の顔をはっきり覚えていた。あの、若い王が自分には羨ましくもあり、憎らしくもあった。自分はすでに五十の齢を数え、残された時間もそう長くはあるまい。だが、若き王はまだ十分に時間が残されているのだ。

「御意に」

 赤い目を輝かせながら魔術師が答える。

「ランスフォールの若造にユーフェミアをやるつもりはない。……ユーフェミアを手元から離してなるものか。たとえあれが心底愛した男であろうと、あの男にだけは……。あれは誰にもやりはせぬ。……よいな、セゼル」

「重々、承知しております」

「どれだけ資材を投入しても構わぬ。金鉱さえあればいくらでも増えていくのだからな。……よいな、ことが露呈すればそなたも同罪。……心せよ」

 返答の変わりに老魔術師は深々と腰を折った。そのまま、絨毯の上に落ちたモントレーの陰に音もなく吸い込まれて消えた。



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