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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
地の聖獣、闇の魔術師に会う
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地の聖獣、闇の魔術師に会う

 時は少々さかのぼる。

 ファローンが己の導師と相見えるより少し前の頃。


 一千年に渡る沈黙と孤独の時を、黒い馬の姿をした地の聖獣は長い四肢を伸ばし、毅然と首を持ち上げた姿のまま立ち尽くしていた。

 風渡り太陽照らす永遠の緑に囲まれていること。

 これが彼が未来永劫己の器に封じられることの代償として願ったことだった。時折訪れる小鳥たちが彼を楽しませたが、時がたてば飛び立っていく。眠りについた頃は人々が訪れることもあったが、神々の戦いが人の間で単なる伝説になってからは訪れる者もなかった。ほんの時折、気まぐれに白氏の次男坊が聖域を訪れる以外、彼の話し相手になる者はいなかった。

 千年の孤独。千年の沈黙。自らが望んだ終焉とはいえ、あまりにも寂しかったのだろう。同じ聖獣でありながら、自らの体の上に神殿を作らせ、数多の者に詣でられている他の神獣たちを一度は自らを縛す者と嗤った彼だったが、一千年の孤独はそれを羨ましいと思わせるに十分だった。

 そんな思いが、己を解放する者を招き入れる結果を生んだのかもしれない。

 アダの聖域への侵入者を感知して、彼は目を覚ました。前に眠りについてから何年が経っただろう。白氏の次男坊が最後にこの地を訪れたのはいつだったか。時を数えるのをやめてからは時間はあっという間に過ぎるようになった気がする。

 時折今回のように聖域に侵入するものがある。禁じられた土地に足を踏み入れたことで己の名を上げんとする者は時代が経っても変わらないものだ。

 今回もおそらくその類だろうと思いながら、久々の客に全身が沸き立つ。

 彼は久々に人の姿を取った。浅黒い肌に黒い髪の男の姿を形作る。器から離れることはできないため、馬の背に座って長い黒髪を風にばら撒かせ、目を閉じて気持ちよさそうに頭を振る。見開かれた右の青い瞳と左の黒い瞳がきらめいた。

「お客人か……さて、どこまでやるかな」

 千里眼で結界の外の光景を見ながら彼はくすりと笑う。その口調は楽しげだ。

 黒いローブを身にまとった老魔術師が、真剣な目で結界をにらみすえていた。その瞳は灰色で、黒く闇を宿している。深くしわの刻まれた顔とすっかり白くなった頭は、彼の年齢を思わせた。

 老魔術師を見て、聖獣は少し鼻白む。どうせならもっと生きのいいのが来ればいいのに。老魔術師はしばらく結界と格闘していたが、やがて五重の結界を破って中に進入してきた。

 ここまでは今までも侵入してきた者がいた。だが、聖獣自身にかけられた結界に気が付かず、不用意に足を踏み入れてことごとく命を落としたのだ。

 巧妙に隠された結界石によって、聖獣の器はアダの聖域より次元がずれた場所に存在していた。そのため、聖獣からはアダの聖域が見えるが、アダの聖域からは何もない土地にしか見えない。結界石に気付かずに踏み入れば、次元の狭間に落ちて二度と帰ってこられなくなる。今まで、それをなしえた者はいなかった。

 聖獣は成り行きを期待を持って見守っていた。だが、一体自分は何を期待しているのだろう、とはたと気が付いて、聖獣は首をかしげた。

 今までの侵入者の行く末も期待をこめて見守ってきた。だが、いつも裏切られ続けていた。決して叶わぬ期待なのだと分かっているのに、今また自分は期待をこめてこの老魔術師を見つめている。

 さて、自分の期待は一体なんだったのか。永い眠りのうちに忘れたそれを思い出そうと眉間に眉を寄せているうちに、魔術師は聖獣の器までたどり着いていた。

 魔術師は聖獣の立っている空き地をじっとみつめていたが、何事かつぶやくとその場にどっかりと腰を下ろした。

 印を組み、すばやく呪を唱える。太陽が作り出す魔術師の影がゆらり、と起き上がった。

 ――影使いか。なるほど。

 影ならば、結界の影響をうけることはない。見れば、腰を下ろした魔術師の姿もアダの結界の外にいる本体から送られた影のようだ。うっすらと後ろの木々が透けて見える。

 魔術師の影は苦もなく結界をすり抜けた。

「ようこそ、お客人。何かご用かな?」

 地の聖獣にまたがったまま、人型の聖獣は魔術師に語りかけた。影は一瞬身じろいだようだが、それが聖獣の取った姿と分かると深々と腰を折った。

「初めてお目もじつかまつる。魔術師を生業とするセゼルと申す者。起きておられるとは思いも寄りませなんだが」

「客が来たとあっては眠っているわけにはいかないんでね。しかし、影を使うとは思わなかった」

「影使いはわしの得意とするところでしてな。それで食うておりまする」

「まあいい。しかし、いまさら何の用だ?」

「いまさら、とおっしゃいますと?」

 はて、と魔術師は首をかしげた。

「人間は我らのことなぞとうに忘れ去ったと思っていたが」

「神々と神獣の戦いより千年が過ぎ、人々の心の中には単なる伝説としてしか残っておりませぬゆえ」

「一千年か……もうそんな時期か」

「ですが、聖域は依然として聖域としての機能を果たしております。……ということはそれには訳があるはずだと思いましたので、やってきた次第でして。あなた様に会えてようございました」

「で、何の用だ」

「……それは、あなた様のほうがよくご存知ではありませぬかな?」

 魔術師の影は腰を下ろした。

「この状態で話すのは老骨にはきつうございますゆえ、お許しくだされ。しかし、惚れ惚れするお姿でございますな。伝承で歌われるとおりのお姿じゃ」

「黒い獣、とでも歌われているのか?」

「いえいえ、気高き地の王、つややかな黒きたてがみを風になびかせ千里を一瞬に走るという健脚の持ち主で、その瞳は夜と昼を思わせ、その輝きは星の輝きのよう、その声は星をも落とす、と歌われております」

「今はこの地にとらわれて、走ることもたてがみをなびかせることもできんただの石造だがな。これも盟約の一つだ」

「もう一度走りたい、とは思いませぬか」

「いまさら何を言う」

 笑いながらも聖獣は心躍るのを認める。

「風にたてがみをなびかせ、千里を一瞬に走りたいとは思いませぬか」

「盟約には逆らえん」

 するとふふ、と魔術師は笑った。

「盟約に逆らうことなくこの地を出られるとしたら?」

 唐突な申し出に、聖獣は沈黙した。

 この男は危険だ。この聖獣の像に接触できたことだけでも十分危険なのだ。

 だが、面白い。

「いきなり何を言う」

「気高き地の王よ、御身を解放しに来た、と申しましたのじゃ。闇と死の王にして自由の王よ」

 また懐かしい呼び名を。

 地の聖獣は両目をきらめかせた。

 古き存在である聖獣は力そのものであり、その力をどう振るうかは聖獣の思い一つ。

 青い瞳は生と自由の、黒い瞳は死と闇の象徴。二つの相反する面を持ち、気まぐれで享楽的であるがゆえに地の聖獣は厳重に封印されることになった。それは納得ずくのことだ。

 だが、人々は忘れた。忘れられた存在が何を守ってきたのかも。

 もうよいではないか、と右の目が言う。盟約は盟約だと左の目が言う。

 どちらにせよ、この小さき存在に、この封印を解けるはずもない。期待するだけ無駄なのだ。 

「無駄なことを」

 今までも力の解放を求めた者たちはやってきた。だが誰一人として成功したことはない。影でしかないこの魔術師とて同じことだ。


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