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アダの聖域 ~塔の魔術師シリーズ~  作者: と〜や
ファローン、導師に引き合わされる
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ファローン、導師に引き合わされる

 西の大国ファティスヴァールの王城の西に、その塔はあった。魔術を学ぼうとする者、魔術を極めようとする者たちが住まう、魔術師の塔。人々は畏敬をこめてシルミウムの塔と呼んだ。


 塔の最上階の一角、西の部屋にノックの音が響き渡った。

「お呼びでしょうか」

 重い扉を開けて入ってきたのは、まだ青年に満たない少年であった。

 奥の机に座る白いひげをたくわえた部屋の主は、読み進んでいた書類から目を上げた。やわらかい微笑みを浮かべ、彼を手招きする。少年は緊張に身をこわばらせながら前に進み出た。

 部屋の主――大陸全土に広がる魔術師を一手に束ねる塔長は立ち上がり、椅子を勧めた。

「ああ、朝早くにお呼び立てして申し訳ないのう。昨晩はよく眠れましたかな?」

「はい」

 目の下の隈に少年のやさしい嘘を見破りながら、塔長は続けた。

「ファローン殿、この六ヶ月の研修はいかがでしたかな?」

「はい、魔術というものの奥深さを知ることが出来ました」

 ファローンは予測していた質問の答えをすらすらと口にした。

「今までの王宮暮らしとはずいぶん違った生活で驚いたのではありませんかな」

「いえ……」

「謙遜する必要はございませんぞ。事実じゃからのう。ところで」

と塔長は言葉を切り、少し間をおいて続けた。

「魔術師になるという決心は、変わりませんかな?」

「ええ。変わりません」

 すると塔長は眉を寄せた。

「それは、本心からのお言葉ですかな?」

「え?」

 予想外の言葉に、ファローンは目を見張った。

「魔術師には誰でもなれるわけではない。そのための修行は厳しく、学ぶことは山ほどある。誰かに言われて心を決めたのなら、これからの修行は到底乗り越えられまい。魔術師になるということはそれほど厳しいことなのじゃ。しかし、その厳しさを乗り越えられてこそ、真に魔術を操れる人間となれる。その覚悟は、おありかな?」

 少年は膝に置いた両の拳に視線を落とし、しばらく悩んだのち口を開いた。

「確かに、きっかけは兄上の言葉でした。けれどこの六ヶ月、様々なことを知っていく上で私自身が魔術に興味を持ったのは間違いありません。それとも……今からでは遅すぎるのでしょうか」

 思いつめた顔で塔長を見つめると、長はため息をついた。

「確かに遅いの。……すでにご存知のように腹違いの兄君にあたるゴドレイ殿がいらっしゃる。あの方は塔に入られて久しいが、いまだに銅位に留まっている。もちろん、長く塔にいるからといって相応の力を得られるとは限らぬがの」

 次第に少年の表情がしおれていく。

 ファローンは今までの修行を思い起こした。簡単な手妻の実習があったが、どれひとつとして満足に出来たものはなかった。その自分に魔術師になれる素質があるのだろうか? 長の言葉にますます自分が魔術師になれないという思いを強くしていた少年は、続く言葉に目を見開いた。

「しかし、じゃ。塔に入るのが遅いからといって魔術師になれぬわけではない。要はそなた自身の持つ素質が問題なのじゃ」

「素質?」

「なぁに、心配することはない。そもそも素質がなければこの塔に入ることすら許されぬものじゃ。魔術師になろうとする者に必要なのは素質と意志じゃ。この二つが揃わねばならんのじゃよ。そなたは自覚しておらぬであろうが、確かに風の素質がある。それを引き出すのも磨くのもそなた次第なのじゃよ。では、そなたの導師となる者に引き合わせよう」

「導師?」

 きょとんとする少年に微笑みかけ、長は侍従に声をかけた。

 程なくして扉が叩かれた。

「お呼びと伺い参上しました」

「来たな」

 丁寧な物言いのなかにどこか棘がある言葉が、少年の頭上を通り過ぎていく。ファローンは立ち上がり、扉のほうを向いた。

 ――すごい。

 それが第一印象だった。まるで影のように頭からつま先まで黒で統一し、白く整った顔が目立つすらりと背の高い男。そして対照的に太陽を思わせる金髪の、白と金に身を包んだ男。

 長の前に並んだ二人は少年より頭一つ半、背が高かった。

「こちらはファティスヴァールの現国王クロンカイト陛下の十番目の弟君にあたるファローン殿。このたび縁あってシルミウムにてお預かりすることとなった」

「ああ、あの」

 目を細くすがめていた黒ずくめの男が短くつぶやき、すいと顔が動いた。まさかこちらを見るとは思わず二人をまじまじと見つめていた少年は、まともに彼の視線を正面から受けた。その瞬間、少年は得体の知れない恐怖を覚えた。彼の黒い瞳はまるで感情の欠けたガラス玉のようだったのだ。

 少年のその思いを察してか、男は興味の失せた顔で少年から視線を外した。

「すでに初級研修は済ませてある。今日からお前たち二人が導師として彼を導き、一人前の魔術師になるまで責任を持つように」

「俺らが!?」

 白い服の男が驚いたように言い、少年のほうを見た。光線の具合で金色に見える奇妙な黄緑色の瞳と少年の視線がぶつかる。先ほどの経験からあわてて視線を外したのは少年だったが、この男も何やら怒ったように眉間にしわを寄せて長に視線を戻した。

「そうだ。ファローン、今からそなたは王子ではなく無冠の魔術師ファローンだ。この二人が今後、わしに代わってそなたを導いてくれよう。紹介しよう」

 長は二人と少年の間に立った。

「左の黒髪がユレイオン・フォーレル。銀二位の魔術師だ。右の金髪はシャイレンドル・リュフィーユ。彼も銀二位の魔術師だ。今は二人が最高位の魔術師ということになる。今後はこの二人に従い、修行を行うように」

 その名を聞いた途端、少年は目を見張った。

 この二人が、噂に聞いた黒と金のペアだとは。そして、彼らがよもや自分の導師となろうとは!

「はい」

 少年は期待に胸を膨らませ、少々弾んだ声で長の言葉に応じた。そして、二人に向き直った。

「……初めまして。この度御方々にお世話になるファローン・レスティと申します。どうぞお見知りおきを」

 右手を胸に当て、深々と腰を折る。王宮でも最高級の礼。

 導師たちは驚いたようで、思わず顔を見合わせたのち、長をにらみつけた。

「丁寧なご挨拶痛み入ります。紹介に預かりました不遜私めがユレイオンと申す者、こちらが不肖の相棒シャイレンドル。これよりあなたの師としてお世話仕ります」

 ユレイオンが負けずに正式な礼を返し、挨拶を交わす。知らぬげに立ち尽くしていた相棒は、わき腹をつつかれて無理やり礼をさせられる。

「早くこの塔になじむことじゃ。これから長い付き合いになるのじゃからの」

 長が声をかける。

「はい、ありがとうございます」

「では、そなたの部屋に案内させよう。セインは来ておるかの?」

 再び侍従に声をかける。侍従はうなずき、扉の外で待っていたもう一人の男を招きいれた。

「お呼びでございましょうか」

 長に一礼して、浅黒い肌の黒髪の青年が進み出た。

 ファローンに向かって微笑みかけた顔は、二人の導師ほどは大人びていなかったが、少年は自分より年上だろうと判断した。

「部屋の準備はできておるか」

「はい、長のご命令どおり、すべて整っております。が……本当によろしいのですか? 二人の部屋の隣で」

「かまわぬ。風の魔法はじきに覚えられよう。案内してさしあげるがよい。ファローン殿、彼はセインと言って、二人の身の回りの世話をしておる。彼について行きなさい」

 セインは言われて側にいた少年に礼をした。

「セイン・アリュウと申します。お部屋のほうへ案内します」

「恐れ入ります」

 長と導師たちに一礼して、二人は部屋を出た。


連載中の闇色の公子と名前が似通っておりますが、別人です(汗

7月より連載開始予定の「翠の瞳」は本編中に出てくる魔術師たちの昔話になります。そちらとあわせて楽しんでいただければ幸いです。

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