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うさぎのおじいさん  作者: 樹実花
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はじまり

「おじいさん、今日は町まで買い物に行ってくるから、お昼は小屋でとってちょうだい。きのことベーコンのスープを作っておきましたから」


 いつもより綺麗な服を着たおばあさんが、そう言って、キャンプ用のなべとパンを包んだ小さな包みを手渡した。


「ああ、わかった。町までは少し歩かないといけないから、気を付けて行っておいで」


 おじいさんの家は、小さな小さな田舎町から少し離れた森の入口にあった。

 2人は一緒に家を出て、おばあさんは町の方向へ、おじいさんは森へと歩き始めた。


挿絵(By みてみん)


 今日もいい天気だ。木漏れ日がゆらゆらと細い道を照らす。おじいさんが作った森の道は、そう長くはない。細い木々の隙間から、すぐに仕事小屋が見えてきた。


 その小屋は丸太を組み合わせて建てたおじいさんの手作りで、屋根と三方の壁があるだけの、小さく簡単なものだ。窓がなくても、小屋の中は優しい光が差し込んでいるし、ドアがなくても、ここにはほとんど人は訪れない。


「さあ、仕事だ」

 おじいさんは机の上に乗った木の固まりを取り上げる。


 おじいさんの仕事は、子供用の家具やおもちゃを専門とした木工職人だ。お客は昔からの決まった客だけだけど、皆自分の子供や知り合いの子供のプレゼントには、決まっておじいさんの家具や玩具を買いに来てくれた。


 遠くの小鳥のさえずりと、木を削る小気味のいい音が続く。


 ふと、おじいさんは机の上の木の固まりから顔をあげた。

「どうしたものかの」

 おじいさんは老眼鏡をはずして机に置いた。

「そろそろ新しいデザインにするのもよいな」

 さて、どんなものにしようか。


 あごを撫でたり腕を組んだりして、しばらく悩んだあと外の景色を眺めてみた。

 緑いっぱいの見慣れた風景をたっぷり見ていると、あるものに気付いて目を見張った。


「野うさぎ、か?」


 小屋のすぐ前に積んでいる丸太から、うさぎが長い耳をピンと立たせて顔だけを覗かせている。なぜかこちらをじっと見つめて動かないので、まるで可愛らしい置物であるかのようだった。


挿絵(By みてみん)


「珍しいのぅ」


 森とはいえ、ここはほんの入り口なので、滅多に動物を見ることはない。たまにリスなどを目にすることはあるが、すぐに走ってどこかへ逃げていってしまう。


 うさぎを怯えさせるのもかわいそうなので、おじいさんはそっと机に視線を戻した。


「うさぎか。…そうじゃ、うさぎがいいな。丸い形がぴったりだ」


 おじいさんはにっこりと頷いて、再び木を削る音を奏で始めた。


 それから木を削る作業に没頭していたおじいさんは、腕時計を見て昼を過ぎていることに気付いた。


「ばあさんのスープでも食べて、休憩しようかの」


 椅子から立ち上がって、おばあさんに手渡された鍋のふたを開けた。野菜が溶け込んだ濃厚な香りがふわりと広がる。あたりに散らばった木くずや木の切れ端を集めると、鍋を温めるために外でたき火を作ろうとした。


 おじいさんは足を止める。


 あのうさぎが、さっきとまったく同じ場所でこちらを見ていた。

 まだいたことに驚いて、おじいさんは声もでなかった。


 まさか本当に置物か?そう思わさせるほど、うさぎはじっと動かずにこちらを見ている。


 おじいさんはゆっくりとうさぎに近寄ってみた。するとうさぎはぴょこんと素早く頭を引っ込めて、丸太の影に隠れてしまった。


「やっぱり、生きとるうさぎじゃのう」


 おじいさんは首をひねりながら、切り株の前にたき火をつくる。


「今から火をおこすが、怖がらんでくれよ」


 火の上に鍋を吊るし、切り株に腰をおろして包みからパンを取り出した。鍋の蓋にきのこや厚切りベーコンがたっぷり入ったスープを注ぎ、パンをひたしてひと口食べた。


 おいしい。おばあさんの味だ。


 おじいさんがスープを口に運んでいると、背中での小さな物音に気付いて振り返った。そしておじいさんはスープを飲みこむのも忘れて驚いた。

 あのうさぎが、おじいさんのすぐ後ろにまで来ていたからだ。


「おまえ…わしが怖くないんじゃな」


 ようやく呟いたおじいさんの傍で、うさぎは頭を上げたり下げたり耳を動かしたりしておじいさんを窺っていた。おじいさんはそんな可愛いらしいうさぎの姿を眺めて考える。


「わしが食べとるものを、おまえも食べたくなったのか?」


 火が怖いのか、おじいさんの後ろに隠れながらひくひく動く鼻を突きだしている。


「このスープはおまえの口には合わんと思うぞ。おまえには新鮮な葉っぱがそこら中にあるじゃないか」


 おじいさんは笑って、うさぎに言う。


「いつもはな、森の入口にある家に戻って、ばあさんと昼のごはんを食べるんじゃよ。じゃけどたまに、ばあさんが町に買い物に行く日はな、こうして仕事小屋で食べることにしておる。家に帰っても、どうせ1人じゃからの」


 うさぎはスープをあきらめて、近くの草の匂いをかいでかじりはじめた。


「今日も1人だと思っておったが、こんな小さな客が訪ねてくれるとはな」

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