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葉崎Guardian  作者: nakoso
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第5話:「Foo-Zock Girls」


 梨香の病室に戻り、麻生がドアノブに手をかけると、

『じゃんけんぽいっ!』

 何やら賑やかな男女混声が聞こえた。

『あいこでしょっ!』

「あああああ!」

 がちゃ。部屋に入ってみれば、ベッドで笑い転げる梨香と、床に跪いて頭を掻きむしる、上半身裸の幸輔――目の前で苦悶している幸輔の哀れな姿が一体何に端を発しているのか、一瞬理解に窮した。

「あ、アソーくん。おかえり」

「何やってんの」

「野球拳やってんの」

 それでこれ、というわけだ。

「はい、幸輔。つまんないけど、次は靴下ね〜♪」

「ちくしょぉ……ちくしょぉぉぉ」

 悔し涙で靴下を脱ぐ項輔の姿は、情けないくらい惨めでいっぱい。

「てか、どうして昼間っから野球拳なんだ?」

 とてもとても面白そうに彼を眺める梨香へ、素朴な質問を投じる。

「2人で黙ってたってつまんないでしょ?」

「だからって即野球拳かよ」

「私から提案したら快諾してくれたから」

「提案すんな。快諾すんな」

「いぃぃぃよおぉっしっ!」

 靴下を脱ぎ終えた幸輔が、みなぎる闘魂を胸に立ち上がった。こいつもこいつで、何をそんなに熱くなる必要があるか。

「次こそっ! 次こそ勝つっ!」

「そう言って負け続けてるじゃーん」

 指差し笑う梨香。

「幸輔が1回でも勝てば、私はハダカなんだよ〜?」

 腰に手を当て艶かしく上半身をくねらせる。

 何だこの異空間は――麻生、絶句。

「――神よっ!」

「何の神だ」

 叫ぶ項輔の足元に転がるシャツ、カットソー、靴下。対して、梨香は何かを脱いだような様子もない。1回でも勝てば――つまったところ、幸輔3連敗。

「弱っ」

「おぉぉぉぉぉぉ、きたきたきたきたぁぁぁあああ!」

 顔の前で左手をわなつかせるその瞳は、もう肉食獣のそれだった。というより全体的にバカだった。

「じゃ、次行くよ」

 梨香が右手を振り上げる。幸輔は荒い鼻息で応えた。

「じゃああんけええん――!」

 幸輔の喉が振るい震え、雄々しく右手を振りかぶる。

「ぽぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「神が宿ったのは左手じゃねーのかい」

 冷ややかな麻生の突っ込みは宙に浮いた。

 幸輔――ちょき。

 梨香――ぐー。

「ご愁傷様♪」

会心の笑顔を前に、幸輔は膝から崩れた。

「――――うわあああああああああああああああああ!!」

 床を叩きむせび泣く彼に、もはやかけてやる言葉など見付かるはずもなく。

「幸輔、弱すぎ〜!」

 腹を抱えて爆笑する梨香。よく笑う女だ。

「こんなに弱いヤツも初めて見るわぁ」

 まぶたにあふれた涙をすくっていたその瞳が、麻生を捉えた。

「アソーくん、やる?」

「やんねーよ」

「――てか何してんの、あんたらは」

 3人の視線がドアに収束した。

「入院生活が暇なのはわかるけど、1日目からずいぶんと穏やかにすごしてるみたいで結構な事だわ」

 すらりと細い長身が、開け放たれたドア枠に肩を寄りかからせていた。首の後ろでくくった髪は長く茶色に染め、赤縁メガネの瞳は眠そうに半分まで落ちかかる。華奢な肩に白衣を羽織り、カットソーとスカート、タイツにサンダルという出で立ちを見れば、この女が何者なのかは誰の目にも明らかである。白衣の胸ポケットを挟んだ、『忍足』と入ったネームプレートに麻生は目を凝らした。

「……しのびあし?」

 ガンを飛ばされた。

「あ?」

 女らしからぬ気迫にたじろぐ。

「シノタリ先生だよ」

 強烈な視線は梨香に飛んだ。

「オシタリですー。オシタリヒロトですー」

「ご…ごめんなさい」

 麻生でもたじろぐのだから、梨香が小さく萎縮するのは当然。

「次間違えたら傷口かっぴらくかんな」

 医者とは程遠いセリフを口走る。

「すみません…っ」

「わかればいいのよ」

 一瞬にして殺人的な忍足の気迫は霧消――再び睡眠不足な顔に戻った。

 ――怖っ。

 口に出したら何をされるか……麻生は胸の中だけで言い留めた。

「お2人は始めましてよね。彼女の手術を担当した忍足よ。見舞いに来てくれるのはいいけど、変に気合いの入ったじゃんけんやら奇声やら悲鳴はやめて。フロア中に響いて迷惑だから。――あと、そこのキミ」

 淡々と話す忍足の指が、ジーンズを脱ぎかけたまま硬直していた幸輔へ向く。

「は…ひゃい」

「早く服を着ないとケーサツ呼ぶわよ」

「……ひゃい」

 不可思議な返事にはまったく触れようともしない。大人しく服を着始める彼から梨香へ、忍足の目が滑る。

「秋野さん。調子はどう? 麻酔がまだ効いてるだろうから痛みはないと思うけど」

「大丈夫です」

「ま、あれだけ爆笑してるんだから、心配するところはなさそうね」

 無表情で抑揚もなく言う。

「麻酔が切れたら痛みが出ると思うけど大して心配はいらないわ。あんまり痛むようだったら、ナースコールで呼んで」

 実に業務的かつ一方的に話した忍足は、梨香の返事もろくに聞かぬまま出て行った。

「…………あれが担当医?」

 彼女が後ろ手に閉めたドアを唖然と見つめ、全身に張り付いていた緊張が徐々に解れて行くのがわかる。

「怒らなければ怖くないんだけどね」

「十分に怖えよ」

「怖く見えるだけだよ」

 ごろん――梨香は仰向けに転がった。

「本当に怖い人なら医者になんかならないでしょ?」

「医者は金が入る」

「忍足先生は違うよ」

 えくぼを作って破顔されると、麻生もそれ以上は言えなかった。

「無表情だからそう思うんでしょ? 何考えてんだかわからないから怖い。――けど、そんだけの事だよ。歩み寄ってみれば、きっといい人だってわかる」

 2個上の意見とは思えないほど、梨香の言葉には心地良い穏やかさがあった。

「なんか、21とは思えねえな」

「どーして?」

「21っつったら、ほら、まだ人生遊んでるもんだって考えてたから」

「あはは! みんなそうでしょ。私の場合は仕事柄、そういう人も来るからさ」

「――梨香さんって、何の仕事してんの?」

 シャツの袖に腕を通していた幸輔が横から入った。

「尋絵と同じ、ソープよ」

「あ、なるほど。だったらいろんな人と接するね。俺はまだ行った事ないんだけどね、ソープ……って、えええええ!?」

「騒ぐと、また先生が来るぞ」

 そう脅してやると、慌てて幸輔は自分の口を両手でふさいだ。

「幸輔くん、知らなかったの?」

 まさか彼がそこまで大仰な驚きように至るとは夢想だにしていなかった梨香の目が、キョトンとする。

「尋絵さんはファミレスのウェイトレスだって聞いてた」

「そりゃあいつが高校生ん時の話だ」

 そう言えば、尋絵は幸輔をからかう事に愉悦を感じていた。

「こーちゃんは知ってた?」

「知ってた」

「わー、俺だけ蚊帳の外か〜」

「そう落ち込むなって。尋絵にからかわれている幸輔を見てると、俺も俺で楽しいんだから」

「楽しんでんなよ」

「幸輔って楽しい人だよね」

「えー」

 梨香に言われ、まんざらでもない顔の幸輔――人選誤ったかも――麻生には、幸輔の表情が手に取るようにわかった。


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