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葉崎Guardian  作者: nakoso
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プロローグ:04「6月23日、火曜日の夜」


「――カギだな」

 声に出して言わずとも、一見すれば即座にわかるような事を麻生は言った。目の高さまで摘み上げたそれをテーブルに放る。からからと、金属製のそいつは転がった。プラスチックの柄から伸びる、特有のギザギザを幸輔に向けて止まる。

「以上」

「……始めっから、見せただけでどうこうなるとは考えてなかったけど、こうもあっさり言われるとやる気も失くすね」

 げんなりとぼやく幸輔の脇から、尋絵が手を伸ばす。

「この『015』って何だろ?」

 プラスチックの柄部分にはめ込まれたプレートを差すと。

「コインロッカーの番号だろ」

 またもや麻生の淡々とした物言い。

「こーちゃん……」

 テレビを付け、ブラウン管を眺め始めた彼は幸輔の呼びかけに目だけを向けた。

「これが何のカギなのか気にならねーの?」

「コインロッカーのカギだろ?」

「どこのかって気にならねーの?」

「どっかのだろ」

「何があるのか気にならねーの?」

「何かだろ」

「うわあ、ラチあかね〜〜〜〜」

 幸輔、テーブルに伏す。

「いきなりやって来たと思えばそれ見せて、これなんだと思う〜?って聞かれてもわかるわけがねーだろ」

「アソーの意見に一票」

 ぴんっと真っ直ぐ尋絵の手が上がった。

「人間って、真っ直ぐ手を上げると自然に背筋も伸びるよね」

「そんなの聞いてねーし」

 麻生からきっぱりと言われたが、幸輔にとっては慣れた事だった。というよりも、そんな事を気にするような性格ではなかった。

「いつも通りバイトの後、ランドリーに行ったんだよ――」

 退屈そうに、麻生がテレビに目を移し尋絵がテーブルに頬杖をついた事などまったく意に介さず、幸輔は身振り手振りを加えて経緯を話した。1人で勝手に切羽詰ったヤクザがまるで窮鼠に見えた事、敵意も戦意も皆無な幸輔にナイフで切りかかった事、猫を噛み損ねた窮鼠は気勢を発したまま脱兎と化した事。後頭部を打った幸輔が意識を失った事。

「うわっ、こりゃひどい」

 幸輔の頭に触れ大きなコブを確認した尋絵は、痛そ〜と唇を歪めた。

 意識を取り戻した後、乾燥機に詰めた洗濯物に紛れて、カギはあった。

「ヤクザ、ね」

 麻生の呟きは2人には聞こえていなかった。尋絵がコブを叩き、幸輔が悲鳴を上げている。

 尋絵の友人、梨香の恋人はヤクザ。

 幸輔の見付けたカギにも、ヤクザ。

 嫌な符合だった。よくもまあ、2人そろって関わりたくない話を持ち込んで来たものだ。

「あのヤクザ、きっと命狙われてたんだよ。このカギを持って逃げて、いよいよ追い詰められたんだ。最後の悪足掻きでランドリーに飛び込んで、乾燥機に放り込んだっ」

 ずいっと身を乗り出して熱弁した幸輔の額を、麻生は平手ではたいた。

「いてっ」

「想像力たくましすぎ」

「――もしかして」

 テーブルのカギを注視したまま、尋絵がポツリ呟いた。

「その人、梨香のカレシ……」

「まさか」

 語尾まで聞く事なく一笑に付す麻生。頭ごなしに否定されるなど当然気分の良いものであるはずもなく。

「どうして言い切れるのよ」

「どうしてそう思うんだ?」

 尋絵が睨もうとも、麻生には効かなかった。

「梨香のカレシ、突然連絡できなくなっちゃったのよ。身分が身分なだけに心配にもなるでしょ。もしコースケの会ったヤクザがそうなら、連絡できない理由も見えて来ない?」

「見えて来ない。見えて来たくもない」

「梨香を巻き込みたくない状況にいるのよ。その理由が、このカギ……」

「なわけねーだろ」

 尋絵の空想を真っ向から拒絶する。

「2人そろって都合良く想像膨らませやがって」

 あまつさえ吐き棄てる。

「秘密文書のカギかもしれないじゃん!」

「コインロッカーに入れるかよ」

 幸輔の額に2発目の平手打ち。

「――大変!」

 ばんっ!――突然テーブルを叩いた尋絵に2人の視線が集中する。彼女は青褪めた表情で一層声を荒げた。

「梨香が狙われちゃう!」

「…………考えすぎだ」

 ほとほと呆れ果てるくらいしか、麻生にはできなかった。

 そしてその夜――



 6月23日、火曜日の夜。

 外は蒸し暑く、クーラーをかけたまま寝た夜。



 ――桜田梨香は襲われた。



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