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葉崎Guardian  作者: nakoso
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第31話:「大東病院308」


 大東病院308号室は6台のベッドが並ぶ相部屋だった。ドア脇によるベッドが1台空いているのは、そこにいた少年がつい昨日、無事に退院したばかりだからだ。彼と仲の良かった向かいのベッドの少年は、新たに話す相手を見付けようともせずに、白いボディのゲーム機とばかり睨めっこしている。

 窓際のベッドでは、両足にギブスをはめた老人のとなりで、老婆がナシを切っていた。開け放たれた窓から吹き込む涼しげな微風に、甘い匂いが乗った。その向かいのベッドはシーツが乱れたまま放置されている。デザイナーだと言っていた無精ヒゲの男は、タバコでも吸いに出たのだろう。

 そして、部屋の真ん中で向かい合うベッドでは、2人の男が睨み合っていた。

 少年がくしゃみした。

「……見てんじゃねえよ」

「見てねえよ」

「ガンつけてんじゃねえか」

「気に入らねえなら出てけ」

「そっちが出てけよ」

「生憎、血が少ないもんで療養しろって言われてる身なんだよ」

「ああそうかい。こちとらメッタ刺しにされたもんでよ。無茶すんなって言われてんだ」

 言葉を返す代わりに手近にあった雑誌を投げ付け――

「――ガキか」

 宙で叩き落された雑誌が脇腹を強打。

「はうっ!」

 麻生はたまらず身をよじった。呆れ顔で彼を見下ろした尋絵は向かいのベッドに笑顔を向けて、

「初めまして。秋野です」

「ああ」

 麻生の時とは打って変わった明るい声で、井延が会釈する。

「梨香、すぐに戻って来るよ。話は聞いてる。俺がいない間、梨香が世話になったみたいで」

「とんでもない」

 謙虚に手を振る尋絵に一言。

「何もしてねーし」

「黙れ」

 指で腹を弾かれた。

「はうっ!」

「ケガ人はケガ人らしく大人しく寝てやがれ」

「……ひゃい」

 麻生、涙目。

「――尋絵!」

「おっと」

 尋絵の背中にぶつかって来たのは梨香。思わずよろめいた。

「アソーくんの見舞いに来たの?」

 言いながら麻生に手を振って来た彼女へ、麻生もまた振り返す。

「……死ね」

 井延が殺意を呟いた。

「そ、この男の見舞い」

「これ」

 麻生の催促で差し出されたそれは、

「……これだけ?」

 リンゴ1ヶ。包装ナシ。直接手づかみ。

「かじれるじゃん」

 シャクッ! と皮ごと。

「……えー」

「文句?」

「滅相もございません」

 尋絵の手から、ありがたくリンゴを戴いた。赤い球体を、どこか腑に落ちない思いを抱えて見つめる。尋絵が入院した暁には、抱え切れないほどのバラを贈ってやろうと決意した。

「梨香」

 井延が不満顔で声をかけた。

「ん?」

「ちょっと外に出ようや。そいつの顔見てたら胸クソ悪くなった」

 吐き捨てた井延の言葉を赤字覚悟で即お買い上げ。

「よーし、そんなセリフ二度と口に出せねえようにしてやる」

 尋絵の指が弾く。

「はうっ!」

 赤字のままに終わった。

「秋野さん」

 ベッド脇の靴に足を突っかけた井延が尋絵に笑いかける。

「これからも、梨香をよろしく頼みます」

「もちろんです」

 笑顔で首肯した彼女に笑みを深くし、

「じゃ――ごゆっくり」

「また後でね」

 退室した2人の背中を、尋絵は内心戸惑いながら、麻生は中指を立てて、見送った。

「ガキか」

「あだだだだだだだだだだだ!」

 指を逆方向に曲げられ、麻生はたまらずタップした。


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