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葉崎Guardian  作者: nakoso
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第30話:「快晴レクイエム」

「なんか、下がうるさくなってんなぁ。何の騒ぎ?」

 銃を下ろした勅使河原が首をひねる。ぽきぽきと骨が鳴った。

「勅使河原武行さんの葬儀よ」

 口調は呑気でも忍足の行動は早く、伏した麻生に駆け寄るやTシャツを裂きにかかる。

「……先生」

「何?」

「積極的だね」

「銃痕広げてやろうか」

「ごめんなさい」

 ジョークだったつもりが紛れもなく本気の目だった。

「先生、何してんですか?」

「見てわかるでしょ。応急処置。すぐに手術する」

 勅使河原を横目に、裂いて脱がせたシャツをさらに2つに裂く。

「そこのキミ。ちょっと手伝って」

 呼んだ幸輔にTシャツの布切れを渡し、忍足は携帯電話を取り出した。

「これで傷口押さえてあげて」

「え…」

「怯んでる場合じゃない。少しでも流血を止めないといけないの。――死んでもいいの?」

 慌てた。左右の手にした布を当てるために傷口を確かめ、それでも一瞬怯んだ。ちょうどよく付いた筋肉を露わにする麻生の上半身に穿った銃痕は見るも痛々しく、流れる血と、ぬらぬらと光る肉と、血に濡れた骨が覗く。

「早く」

 急かされて泣きそうになりながら、傷口を隠すように布を押し当てた。

「っいたっ!」

 麻生の眉間がシワを刻む。

「あ、ごめっ」

「強く押さえなさい」

 言われるままに幸輔は引っ込めかけた布を再度押し当てた。腹部と背中を、麻生の体を挟むようにして。なおもうめき声が聞こえたが今度は力を弱めなかった。

「もしもし? 早く出なさいよ、何してたの――あっそ。急患よ。すぐにオペの準備。左脇腹を負傷してる。出血が多いから輸血の用意もして」

 布は瞬く間に真っ赤に染まり上がった。生暖かく湿った感触に幸輔の喉頭が上下する。

「――なあ、先生」

 気付けば、すぐ頭上から声が降った。

「この人の血液型は?」

 頬と肩で携帯電話を挟み脈を確認しながら、忍足の目が幸輔を向く。

「……A型」

「血液型はA型。よろしくね――あと、屋上に担架持って来て。説明なんて後にするわ。いいから早く」

「無視すんなよ、先生」

 携帯電話を切り、そこで初めて忍足の瞳が上を向いた。

「助けなくていいんだよ、そいつなんて」

「どうして」

「もっと早く気付けば良かった。他人のために熱くなる性格、祖父さんがこいつを大切にしていた事」

 どこか虚ろな勅使河原の瞳は、苦痛に耐える麻生を見下ろしていた。

「そいつだったんだ――」


「――そいつが、祖父さんの隠し子だったんだ」


 ――隠し子!?

 幸輔の首が跳ね上がった。同時に、勅使河原の足が麻生の腹に、傷を押さえる幸輔の右手ごと食い込んだ。

「あっ!」

「ぐぁ!」

 2人が激痛を叫ぶ。

 勢い良く立ち上がるや忍足の手が胸倉をつかみ、勅使河原の顔を引き寄せた。

「何してくれてんだてめえ」

 凄みの利く睨みとセットで低く押し殺した声を放つ。

「これは俺と麻生ちゃんの問題なんだよ先生。だから邪魔すんなよ」

「だったら傷を負ってる以上、私と麻生の問題だ。てめえこそ邪魔すんな」

「ずいぶんドスの効く声出すね」

「引っ込んでろ」

「うぜぇ」

「――っ!?」

 勅使河原の手の中で下を向いていた銃口は、忍足の左足を射抜いた。屈む幸輔の眼間で、スリッパを履く足の甲が血を噴いた。忍足の顔が歪み、胸倉をつかんでいた手が緩む。

「っざけやがれ!」

 痛覚に歯を食いしばり憤怒の形相で殴りかかったその胸元に銃口を突き付ける。

「どけよ」

 ぴたりと静止した彼女をおかしそうに見つめる。

この男を、幸輔は心の底から憎らしく思えた。

負傷し気息奄々の麻生、泣きながら彼の傷を押さえ続ける幸輔、銃を目の前に動きを封じられた忍足、そして――

「――もうやめましょう、社長」

 勅使河原へ向けて伸ばした右手に銃を握り込んだ、細木。

 勅使河原の首が、彼の方へ倒れた。

「そんなもん向けてどうするつもりだよ、細木ィ」

 細木の音吐は太いがために、はっきりと聞こえた。

「社長は人を傷付けすぎます」

「何だそれ」

「あなたが殺した先代の社長から、どれほど血を見れば気が済むのですか」

「俺にそんなもん向けていいのかって聞いてんだ」

「会長は、血を見るために三雲を発展させたわけじゃないんですよ」

「おまえも無視かよ、おい」

「下を見てください」

「とんだ茶番だ」

「ですが、彼らが会長を慕う気持ちは本物です」

「根性が腐れてる」

「会長は、この街が好きで――好きで好きで好きで好きで好きで」

「気でも触れたか?」

「大好きな葉崎という街を、守るために三雲を存続させたかった」

「くだらねえな」

「三雲は暴力を振るうためのものじゃない」

「ヤクザが泣くぜ」

「社長はヤクザを履き違えているんです」

「何を履き違えてるって? あ? 俺が何を履き違えてるって?」

「任侠は人を傷付けるためにあるんじゃない。家族を守るものです」

「だから何だ」

「葉崎全体が、家族なんですよ」

「――はっはっはっはっ!」

 勅使河原の哄笑が弾けた。

「バカじゃねえか!? 葉崎全体が家族ときた! ヒヨった事言うのも大概にしろよ!」

「家族を思ったからこそ、今こうして、多くの人々が集まってるんです」

「ホームレスのたわ言だろうが!」

 声を荒げた彼に細木は躊躇いなく、決定的な言を投げ付ける。

「あなたは間違ってる」

 一切の表情が欠片なく落ちた勅使河原の瞳が見据える先で、細木は繰り返した。

「あなたは、間違ってる」

 強めの風が吹いた。

 勅使河原の裾を揺らし、忍足の前髪を払い、蒼白な麻生の頬を撫で、布いっぱいに吸い込んだ血を冷やした。ひと際大きくはためいたシーツが竿から外れ空を飛んだ。

「……殺させるなよ、細木」

 零細な声は無感情。

「俺に、おまえを殺させるな」

 仏頂面の唇は動かない。

 シーツが、対峙する2人の間に割り込んだ。細木は、陽光に輝く潔癖な白に目を細めた。


 お互いが死角になった刹那の後。

 通り過ぎたシーツの向こうで。

 勅使河原の銃口は。

 細木を睨んでいた。


 名を叫ぶ。

「――細木ィィィィィィィィィィィィ!!」

 フェンスさえも越えて宙に舞ったシーツは、風に煽られひっくり返った。

 銃声が2発。

 乗っていた風を失い、重力に引っ張られるままに群集にはためく。瞳を赤く泣き腫らした人々に見守られる中、シーツは躍るように地面へと――

 ――棺桶を、やわらかく包み込んだ。








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