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葉崎Guardian  作者: nakoso
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第20話:「HIMAYまでのCount 15」


「――……あいつ、何者なんだ?」

「医者」

「ドクター」

 8分後には井延、麻生、幸輔の3人はエレベーターで昇り、11分後には梨香が涙ながらに井延に抱き付いた。唐突な離別の再会は、かくして果たされたのだった。

「会わせちゃって良かったの?」

 抱擁し続ける2人を残して、麻生と幸輔は病室を後にした。ドアを閉めて、麻生に問う。

「三雲興会の人間に見付かりでもしたら、どうなるわかんねぇよ?」

「ま、そん時はそん時。――実はさ、さっきまで社長と話してたんだ」

「社長?」

「三雲興会の」

 幸輔の目が点になる。

「……いつのまに」

「そのまんま社長は帰ってったから、井延さんを力づくにでも帰す方が、ひょっとしたら危険なんじゃねぇかって考えただけ。もしかしたら出くわすかもしんねぇし」

「……よく鉢合わせにならなかったね」

「まったく。井延さん見付けた時、本気で冷や汗かいた。まさか病院にまで来るとは思わねぇだろ」

 2人はそろってトイレに入った。3つ並ぶ小便器の両端で仁王立ち。

「幸輔」

「ん?」

「梨香さんの事、好きだろ」

 ぎくっ。

「ひと目惚れしやすいヤツだからなー、おまえ」

 恥ずかしさが麻生の顔を見させない。心臓が高鳴って落ち着かない。

「う、うるせぃ」

 ふてくされた幸輔の耳までが赤くなっていた。

「ま、今回はあきらめた方が」

「わかってるよ」

 ファスナーを上げた麻生の言葉を乱暴に掻き消す。彼の視線を感じながらも、幸輔は見つめ返す事もできずに、

「わかってる」

 語を、ただ繰り返した。

「なら、いいけどよ」

 麻生の気配が動く。小便器のセンサーが反応し、水が流れた。

 ――ブブブブブ……!

「お」

 手を洗う麻生のポケットで携帯電話が揺れる。彼は濡れた手を振って水分を飛ばしてから電話に出た。

「もしもし?」

『おう。俺だ』

 用を足し終えた幸輔にまで聞こえる声は、久しぶりなものだった。

「わり。今病院なんだ。公衆電話からかけ直すよ」

『病院で電源入れといてんじゃねえよ』

 麻生は小言ごと電話を切った。

「遠野さん?」

「そう。ちょっくら電話して来る」

「行ってらっしゃい」

 手を洗いながら幸輔は、だるそうにドアを開けた麻生を見送った。

 ――ぱたん。

 軽い音を立てて閉まるドア。シンクを流れる水。左回りで排水溝に流れる水。

 静かにため息を漏らした。

 ひと目惚れしやすいヤツ――麻生の言葉が耳朶で反響する。

 わかってる。

 そんな幸輔自身の厄介な性格も、それを麻生が責めているわけではない事も。

 桜田梨香と、井延耕佑。

 お似合いの2人じゃないか。

 井延が病室のドアを開け、梨香が振り向いた時に見せた、笑顔から泣き顔への転換。すぐにベッドから飛び出し、彼女の足に引っかかったシーツが床でほどけ、足をもつれさせたその身を井延は優しく抱き止めて。

 強く、抱き締めて。

「……あんなの見せ付けられちゃ、出る幕ねえじゃん」

 蛇口を力いっぱい閉めて、幸輔はドアを押した。

「おっと」

「あっと」

 開いたドアの向こうに、本人がいた。

「ごめんなさい」

「いやいや」

 ぽんっ――井延は幸輔の肩を叩いてすり抜けた。そそくさと退出しようとした背中に声がかかる。

「なあ」

 顔だけ振り向いた。

「おまえ、梨香のヒマな時間潰してくれたんだってな」

 井延が笑った。

「ありがとよ。楽しく過ごせたって言ってたぞ」

「どういたしまして」

 うまく笑い返す事ができたか自信のないまま、幸輔は退出した。

 ――あっちゃー。

 自然、病室に向かってしまった足を止めた。ドアを目の前にして、どうしたもんかと悩む。


1.ごく自然に入る

2.一発芸をかます

3.井延が戻るのを待つ


 ――……一発芸って。

 結局、部屋に入る事はやめた。野暮に思えたし、何より、幸輔の胸を締め付ける何かがまったく消えない。たまには手加減をしてほしいものだ。

 庭にでも出よう――そう思った途端、下腹部に鈍痛が走った。

「うっ」

 へっぴり腰で腹を押さえた。目を閉じれば、大腸が収縮する様子がまぶたの裏に投影される。体内の何かが肛門を荒々しくノックする。

 ――ちっとは空気読めよ!

 己が身をこれまで憎んだ事はない。18年間、よろしくやって来た体はここに来て居丈高に刃向かった。

「っくそっ」

 唾棄するにも迂闊に腹に力を込められず、情けない弱音にしかならない。軋み立てる排泄欲求で制限された力を幸輔は足に向けた。

全身系を集中――!

肛門に力を込め、脳内でカウントがスタートする――!

 残り15秒――爪先が地を蹴った。低い姿勢から空気抵抗をくぐり抜ける。すれ違った女看護士が、彼の必死の形相にぎょっと道を譲る。廊下の患者たちをジグザグに、巧みに身を翻しよけながら疾走。

 残り10秒――廊下を駆け抜けた足にブレーキをかける――キキィッ!――リノリウムの床を引っ掻いたシューズが滑る。横に流れる前髪越しに睨み付けたドアを引くと同時に跳び込――ドンッ!

「大丈夫?」

 中から現れた清潔感漂う白衣に衝突し思わず尻もちを付いた。

 カウントが2秒早まった。

「大丈夫ですっ」

 差し出された手など見えていなかった。跳ね起きた幸輔は白衣をよけて、今度こそドアに跳び込む。

 残り5秒――サイレンが回り警告音がつんざく。脂汗が額を覆う。トイレには個室が3つ――手前の2つは内側にドアが開いていた。

 ――和式は不可っ!

 なけなしのポリシーでもって奥の個室に向かう。先程トイレに入った時と同様、ドアは閉じていた。ここのトイレは洋式で、和式とは違いドアが外側に開く。そして大概、そのドアは閉じっぱなし――そこまで考えて導き出される答えは――すなわち。

 ドアが閉じているからといって使用中とは限らない。

 力む肛門が痙攣する中、脳内でGO!サインが煌々と点灯――幸輔は力いっぱいドアを開いた――!


「……えっ……」


 井延が、いた。

「……え……?」

 真っ赤に彩られ、便座で脱力した井延が。


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