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葉崎Guardian  作者: nakoso
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第17話:「満足→怪訝→驚愕」


「――なあ、井延さん」

 イスに置かれたままのタバコを、勝手に吸っていた井延が顔を上げた。

「どうしてあんたは逃げるハメになったんだ?」

「俺が会長から受け取ったもの、それがほしいんだよ」

「会長?」

 ゴミをビニール袋に入れる麻生の手が止まったが、またすぐに動き出す。

「ああ、タケさんか」

「知ってんのかよ?」

 仏頂面でゴミを片付ける麻生を驚き見つめる。どこからどう見たって井延と同じ側の人間ではない。学生ほどの年齢の、ただの男だ。ましてや会長はアレであるし、こんな平凡な男との接点などあるはずがない。

「受け取ったって、何を?」

「教えられねーよ。ただでさえ梨香の事で巻き込んでる見てーだし、これ以上首突っ込む事もねーだろ」

 言ってから、はたと考えた。

「おい」

「何」

「てめー、梨香に手ェ出してたりしたらブッ殺すかんな」

「人の女に手ェ出すかよ。考えるだけ損だ」

「そりゃそうだ。ゴミもまともに片付けられねぇような男に、梨香が体を許すわけねーし」

 笑ってから、ふと思う。

「おい」

「次は何だよ」

「まさか、力づくで梨香を…」

「だあからぁ! そんな事ぁ一切してねーっつってんだろ!」

 声を荒げた麻生が袋でテーブルを叩いたせいで、せっかく集めたゴミが宙に舞った。

「……あーあー」

 テーブルから足元にかけて落下したゴミをげんなりと見下ろす麻生は、見ていて滑稽だった。

「けどよー、井延さん」

 テーブルに屈みゴミを拾い上げる彼を見ているのも飽きた。ゲーム機と並んだリモコンを手に取りテレビを付ける。バラエティ番組だった。

「会長が、どうして井延さんに託したんだ?」

「無難だって感じたんだろ。それに、社長を良く思ってねー人間の1人でもあっからよ。俺に渡せば社長の手には行かねーって事だ」

 画面の中では、気ぐるみを着たタレントがプールでジタバタと大袈裟なまでに溺れていた。スタッフの笑い声が聞こえる。麻生の声が重なった。

「でもバレた」

「そう。それで今や逃亡生活よ」

「誰にバラされた?」

「俺」

「は?」

「酒に酔った勢いで」

「……ダメじゃん」

「んな事ぁわかってる」

 頭を抱え、井延の顔が苦渋に歪む。

「わかってんだけどよ……秘密ってのは、酔うと誰かに話したくなるだろ?」

「なんねーよ。なるんじゃねーよ」

「トランクス一丁のゴミ拾いが」

「そーゆ事言うんですかあ?」

 麻生の語気が一気に弱々しく萎んだ。

「何にせよ、そん時いた誰かがチクったんだ」

 ふぅん――麻生の鼻が鳴る。息を吸う、空気のこすれる音がした。

「最初から渡しちまっとけば、すべては丸く収まってたんじゃねーの?」

「おめーなあ……」

 抱えた頭を上げると、あれだけ散らかっていたゴミがキレイになくなっている。

「梨香さんとこから離れる必要だってなかったんじゃねーの?」

 ゴミでパンパンに膨らんだ袋の口をキュッと縛る麻生。

「……片すの早ぇな」

「本気出せば早ぇのよ」

「最初っから本気出しとけよ」

 それには応えず、麻生の放り投げた袋は綺麗な弧を描いてゴミ箱へ吸い込まれた。

「今からでも、返しに行けば解決するだろ」

「簡単に言ってくれてんじゃねーよ」

 井延の口調が荒くなる。

「じゃあ、いつまで逃げてんだ?」

 睨みを利かせた視線を受けても動じなかった。

「明日か? 1年後か?」

「社長に渡すわけにはいかねぇんだ」

「だったら俺に預けろ」

 何言ってんだ?

「は〜あ?」

 素っ頓狂にも程がある。身の程もわかっちゃいない。酔狂にしたって笑い飛ばせもしないし、ジョークにしては悪趣味だ。

「絶対、悪いようにしない」

 麻生の目は真剣だった。

 生じた沈黙に割り込むタレントの悲鳴とスタッフの笑い声。

 会長を愛称で呼ぶ男。

 麻生浩介。

 考えがあるのかバカなのか。

 井延を真っ向から見据える彼の目は。

「……くっ」

 どうして吹き出したのか、井延自身にもわからない。

「わかってねーな」

 どうしておかしさが胸から湧くのか。

「これ以上首を突っ込むな」

「それがさぁ、もう十分突っ込んでんだよな〜」

 腕組みした麻生が困り果てたように首を振る。何を言っているのかさっぱりだったが、決定的な事実を突き付けてやれば大人しくなるだろう。

「麻生。それでもお前に預ける事はできねぇよ」

「何で」

「俺の手元にそいつがねぇんだよ」

 両腕を大きく広げて示してやる。

「俺が捕まった時のために、コインランドリーに放っちまったよ。誰のもんだか知らねぇヤツの洗濯物の中にだ」

 予想通り、予定通り――麻生の目と口が丸くなった。

「……………………あいたー」

 失望の念に手の平で額を叩いた彼の反応を、満足のにじんだ笑みで眺めた――のも束の間。

「わかった。井延さん――ぜっっってー捕まるんじゃねーぞ」

「……?」

 決意を瞳に宿した麻生を前にして、満足は怪訝に取って代わった。

「――そのカギなら友人が持ってる」

 カギだなんて一言も言っていない――怪訝は驚愕に至った。


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