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葉崎Guardian  作者: nakoso
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第14話:「吐」


 濡れたシャツは早々に脱ぎ捨てたものの、ジーンズまではさすがに脱ぐ事ができなかった。正確には、尋絵が脱がせてくれなかった。

「パンツ一丁でうろつくつもり?」

 質問を投げかけた彼女の目が怖かったので、ジーンズは脱がずに上半身だけ裸体をさらし、頭はタオルで拭いただけ。

 何にしろ。

「こんだけすりゃ、何もできねーだろ」

 立ち上がり、腰に手を当てた麻生はフローリングで身動きできずにうめく男をせせら笑った。膝を折らせて腕を後ろに回させた上にタオルケットでグルグル巻き。

「げぼっ……こんな事して、いいのかよぅ」

 縛る時に暴れたものだから腹に一発食らわせていた。吐くまではないにしろ、呼吸は大いに乱れていた。拳を振り上げると、男の身がビクついた。

「ひっ!」

「……女に刃物振りかざしといて、情けねーザマだな」

 初めから殴るつもりなどない。女に対し暴力の限りを尽くし、男が現れてからはこの醜態――弱い者イジメ以外の何にも当てはまらない。虫唾が走る。

「――あ」

 洗面所から、洗ってすっきりした顔をタオルで拭いつつ、リビングの敷居を跨いだ尋絵が立ち止まった。彼女の様子を麻生が訝る間もなく、その足が動く。つかつかつかつか――一直線に、男を見つめ、麻生の横を抜け、踏み出し続けた爪先は男の腹に食い込んだ。

「ごぇっ!」

 男の首と唇が前に突き出る。

「――――っ」

 尋絵はさらに蹴った。タオルケットで抵抗もできない男の腹を、手加減もせずに2回。

「――ヒロ」

 彼女の突然の奇行に気圧されていた麻生が我に返り、3発目が放たれる直前に後ろから制止した。

「い……痛い、痛い……」

 むせる男を睨み付け離さない尋絵の方は、荒れる息に大きく上下していた。

「殺すつもりかよ」

 背中から抱き締め麻生が止めなければ蹴り殺しかねない、それほどまでの殺意と気迫。涙と怯えをもって見上げる男の視線と交わるのも毛嫌いするように――嫌悪するように、尋絵は視線を引き剥がした。

「……この男」

「?」

「昨日、私を殴った客」

「こいつが?」

 尋絵の事を思い出したのか、男の瞳が大げさに見開いた。

「ごっご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 ひたすら謝罪し始めた男を放置して、とにかく尋絵をソファに座らせる。

「ヒロ。あいつをいくら蹴ったところで何にもなんねーんだよ。気持ちはわかるけど、もしもあいつが死んだ事にでもなってみろ。責められるのはヒロなんだぞ? ヒロにとって、それは割に合う事じゃねーだろ?」

「……ごめん」

 目は虚ろになっているものの、冷静さを取り戻した風だった。店、マンション――尋絵に2度も暴力を振るった梨香のストーカー。彼女が敵意を注ぎ込む条件はあって余りある。一時の衝動を駆り立てる要素を、男は持ちすぎた。

 尋絵の頭を撫でてやって、問題の男に向き直った。

「改めて。こんにちは、ストーカーさん」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 未だ繰り返す彼の前で、どっかとあぐらを掻く。嘆息した麻生は、デッキから取り出しておいたカセットを男の眼前で示した。

「これはどういう事?」

「ごめんなさい……」

「いつからこんな事してた?」

「ごめんなさい……」

「なあ」

「ごめんなさ」

「俺にも蹴られてえか?」

「っ」

 口を閉ざした男は必死に首を振った。

「だったら質問に答えろよ。いつから盗撮してた?」

「……エリカの、誕生日」

 梨香の誕生日を麻生は知らない。

「何日?」

「6月19日」

 今日は6月25日。6日前という事は、金曜日。

「どうやって部屋に持ち込んだ?」

「…………宅急便で」

 ――そんな怪しげなもん、ベッドに置いとくなよ梨香さん……

「ここの住所はいつから知ってた?」

「せ…先週」

「どうやって知った?」

「……街で。偶然、エリカを見かけて」

「で?」

「……後を、ついてった」

「気持ち悪い」

 尋絵が低く吐いた。

「……そういや、この部屋にはどうやって入ったんだ?」

 マンションの入り口はオートロックだ。住民が自室から迎え入れるか、暗証番号を入力しない限り入る事はできない。尋絵が一緒に部屋に入るとは考えられないし、オートロックの自動ドアをくぐったのも、彼女1人だと、さっき聞いている。となると、この男は暗証番号を知っていなければ、この部屋には入って来れないはず。

「……したっ、下にいた男がドアを開けて入ったからその間に」

 ……そりゃそうだ。

 このマンションに他の住人もいるという基本的な部分をうっかり失念していた。

「じゃあ――」

 尋絵が、再度男を睨んだ。男の肩が臆病に跳ねた。

「――部屋にはどうやって入ったの」

 彼女に対してすっかり恐怖心に囚われてしまった男は、恐る恐る、なるだけ彼女の気に障らないよう慎重に言葉を探った。

「……カギ、閉め忘れてたようで……」

「…………」

 麻生が尋絵を見た。

 尋絵はあさっての方向を見ていた。

「おい」

「…………」

 反応なし。


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