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葉崎Guardian  作者: nakoso
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第9話:「Gi-Wack to Tessy」


『もしもーし。あなたのお名前は?』

 人を食った物言いだけで電話の向こうにいる人物が誰だかわかった。

「……てっしー。女をどこにやった?」

『おっと。いきなりビンゴとは驚きだね』

「答えろ。女をどこにやった」

「この女って麻生くんの何?」

「そこにいるんだな?」

『ねえ、麻生くんの何なの?』

 鼻にかかった声は聞いているだけで腹が煮立つ。

「どこにいる?」

『この女は大切な人?』

「どこにいるかって聞いてんだ!」

『そういきり立たないでよ。怖いな〜。今お迎えに上がるから』

「どこにいんだよ!」

『またあとで』

 電話は一方的に切られた。着信履歴を見ても非通知。携帯電話を地面に叩き付けたい衝動を舌打ちで抑えた。

 ほどなくして、1台のライトバンが麻生の前に止まった。黒塗りの車体から現れたのは、あの屈強な男だった。細木とかいったか。

 細木の開けた後部ドアを、麻生はバッグ片手に仏頂面でくぐった。シートに腰を沈めるのを確認して細木がドアを閉める。車内には誰もいない。窮屈そうに運転席に乗り込んだ細木と2人きり。とんだドライブだ。

「これ、しといてくれませんか」

「何だよこれ」

「それをしてもらえないと、車は出せません」

 体付きから容易に予想できる低音ボイスは、思いの外物腰が丁寧だった。仕方なく、手渡されたアイマスクを付ける。罠に決まってはいるのだが、これしか尋絵のいる場所への道はない以上、従う他なかった――――

「――――着きました」

 1時間もかからないくらいだろうか、視界が真っ暗な状態で車に揺れていた麻生は――

 ――豪快にいびきをかいていた。

 肩を揺り動かされ目覚めると、口元のよだれを拭いながらマスクに手をかけ、

「まだ取らないでください」

「何なんだよ」

 文句を言いながらも細木に腕を引っ張られ歩く、そんな自分の姿を想像したくなかった――そして、今。

 立ち止まったかと思えばアイマスクを取られ、今まで暗闇に慣れていた視界に光が差す。あまりの眩さに麻生は手をかざした。

「おいでませ、麻生くん」

 正面から、あの声が聞こえた。

「目隠しした無礼は謝るよ。人に知られたくない場所なもんだから、致し方なかったんだ。何を隠そう、秘密の場所だからね」

 声の響き方から考察するに、ここはだだっ広い場所らしい。肌にまとわり付く湿った空気――冷房もなし。悟られぬよう爪先を動かすと、じゃりっという音と感触があった。風はない。遠くでは女の喘ぎ声――

「聞こえる? 麻生くんの女はクスリとSEXを堪能中だよ」

 目が光に慣れた。

「うそつけや」

「どうしてそう言えるのかな」

「あの声は未成年の声だ」

「わお、正解」

勅使河原、拍手。

「そ、麻生くんにまったく無関係な女の子。AV撮影中でした」

「……これはまた」

 彼の言葉を流してまぶたを開く――推察通り、連れて来られたここは廃工場だった。

「大層な歓迎っぷりじゃないか」

 光源は高い天井からぶら下がった白熱灯。打ちっぱなしの壁。あちこちに高く積まれた木箱。砂利交じりの地面――麻生から4メートルほど離れた木箱で、足をぶらぶらと垂らし座る白スーツが葉巻をくわえていた。そして、麻生の背後には細木。

 見る限り、この場には3人しかいないようだった。

「麻生君を迎えるんだから、これくらいしないとね」

 勅使河原の口から煙の輪が浮かぶ。これくらいとはどれくらいなのか、ほんの少しだけ気になった。

「けど、すげーね。喘ぎ声だけで未成年だってわかるんだ?」

 工場内の隅にはプレハブ小屋が見えた。どこの女かなんて知る由もないが、その中でコトが行なわれているのは確実だった。少なくとも、あのプレハブに2人はいるだろう。この場にいる人数、3人改め、少なくとも5人。

「わかんねーと思っけど、声の湿り気が違ぇんだ」

「湿り気、ねぇ」

 聞いてみただけらしい。

「うん、わかんないね」

勅使河原はそれ以上、大して興味を示さなかった。実のところ、単に当てずっぽうで言っただけだったのだが。

「んじゃ、次の質問。――麻生くん。井延耕佑って男を知ってる?」

「知らねーよ。会った事もねー。んな事より、尋絵はどこだ」

 そう。場内に視線を配しても尋絵の姿が見えなかった。

「尋絵ちゃんっていうんだ、あのコ?」

「どこやった?」

「あのコも同じ事言ってたんだよね。知らないって。会った事もないって。けどさ、じゃあどうしてあのマンションにいたんだい?」

 終始笑みを絶やさない勅使河原と会った人間は、人当たりのいい人だと口をそろえる事と思う。笑うと線になる細目は穏やかで明朗な性格であるし、不快を与える要素は見当たらない。

 だが。

「教えてよ。どうしてあそこにいた?」

 首を傾げたその左目が薄く開く。直視する人間の胸中を見透かそうと開く左目と、その内面に飼い慣らした残虐性を目の当たりにしてもなお、人当たりのいい人だとのたまえるだろうか。

 あいにく、麻生は初対面でその2つと対峙していた。

 免疫はすでに付いていた。

「……早合点もいいとこだ」

 彼を見据え、静かに言を押し出す。

「早合点?」

「俺と尋絵の新居なのよ、あそこ」

 堂々と。

「2人の愛の巣」

「麻生くん、結婚したの?」

「いんや、まだ。近々籍入れるつもり」

「へ〜。それはおめでとー」

 勅使河原の拍手が乾いた音を立てた。

「それはそれは、俺もとんだ勘違いをしたもんだ。恥ずかしい恥ずかしい」

「いやいや、とんでもない」

「あははー」

「はははー」

「――細木」

 勅使河原の呼び声に背後の細木が反応した。

「はい」

「麻生くんと、近い将来のお嫁さんはどの部屋に入った?」

「303号室です」

「あれ? 303号室? 本当に?」

「本当です」

 迷いのない細木の返答を聞いて、勅使河原は腕を組んで考え込んだ。

「俺の勘違いかな?」

 とんだ猿芝居だと、麻生は自分の事など棚に放り上げて胸中で漏らした。

「その部屋、井延の部屋じゃなかった?」

「間違いありません」

 義務的に答える細木。勅使河原の唇が、にんまり左右に伸びた。

「――ああ、もういい」

 くだらない。

「こんなつまらねー事、お互いやめよう」

 麻生が、顔と手を振って制した。お互いがお互い、見え透いた事を言っているこの状況が億劫だった。

「素直になろうよ、麻生くん」

「ずっと監視してたのかよ」

 微笑する彼にため息をつく。

「いや、そんな事ないよ。監視は時々しかしてない。人の生活を覗くのは趣味じゃないから」

 肩をすくめてうそぶく勅使河原へ、単刀直入に切り込んだ。

「梨香さんを刺したのはてっちゃん?」

 麻生の言い放った問いを、

「…………うん?」

 勅使河原はきょとんと受け止める。

「とぼけんな。その井延を探すために刺したんだろ」

 空気を振動した麻生の言は、短く尾を引いて拡散した。

「そんな野蛮なマネをすると思う?」

 眉毛を上げる顔はそらとぼけているようにしか見えない。

「他に誰がやるってんだ?」


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