表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉崎Guardian  作者: nakoso
12/39

第8話:「4th K.」


「――ちょっといいかしら」

 ノックもせずに忍足女医が現れた時、幸輔と梨香は仲良くバラエティ番組に笑い転げていた。

「あ。俺、ちょっと外すね」

 忍足と梨香の顔を見比べ、席を立った幸輔だが、

「用があるのはキミ」

 相変わらず眠そうな瞳は意に反して彼を指名した。

「行ってらっしゃ〜い」

 梨香が呑気に手を振って送るのを背に、忍足と一緒に部屋を出る。窓の外はとうに暗く、蛍光灯で照らされる病院の廊下は学校のそれを彷彿とさせた。ただ学校とは違って、清潔感に神経を集中させている感があるのだが。

 現在午後7時半を回ったところ。病棟内には時間を持て余した患者の談笑や、トイレへ向かう姿が多く見受けられる。そして驚く事に――その患者たち全員に忍足は声をかけた。

「おばあちゃん、腰はどう?」

「薬はちゃんと飲んだ?」

「おじいちゃん。もう若くないんだからはしゃぐんじゃないよ」

 表情こそ変化はなかったが、聞いた事もない柔和な声で1人1人に話しかけ、患者が笑顔で応えてくれる、その姿は紛れもなく医者だった。

 怖く見えるだけだよ。

 梨香の言う通りだ。歩み寄れば案外いい人なのかもしれない。

「慕われてるんですね」

 となりの病棟につながる渡り廊下を歩きながら、幸輔はその背中に言った。

 無視された。

 ――梨香さぁぁぁん!

 息苦しさに助けを求めた。

 となりの病棟は外来病棟だった。こんな所に連れ出して何のつもりだろう。受付時間をとうに過ぎた病棟内は消灯されており、非常口を示すグリーンの光源だけが残る中、2人の足音だけが不気味に響く。

「この病院の診療室、担当医ごとにボックス部屋になってんのよ」

 緑色のソファが並ぶ待合室を横切って、忍足の足が止まった。廊下の両脇にスライドドアが何枚も並んでいる様は、薄闇に浮かび上がっているようで気味が悪い。すべてのドアには大きく番号が記されていた。患者を呼ぶ際に、診察室の番号で招くシステムらしい。

「病状やカルテも立派な個人情報だから、密室で診察するの」

 7番のドアをスライドした忍足が、診察室の明かりを付ける。

「何してんの。早く入りなさい」

 促されるままに入室した。蛍光灯の光に目を細め、ドアを閉める。

「座って」

 さらに促され、一見して高価なものとわかる、背もたれ付きの黒革イスに腰を沈める。こんなにも座り心地抜群なイスで診察を受けるのかと、幸輔は戸惑った。

 部屋は4畳ほどの広さ。忍足が座るデスクにはパソコンと、レントゲン写真を見るためのディスプレイがあり、あとは幸輔の座るイスだけが用意された簡素な部屋だった。

「ここなら、話は外に一切漏れない。この意味がわかる?」

 優雅に、忍足の長い足が組む。

「この意味って……」

 今さらながら幸輔の胸がざわめいた。主治医とその患者の友人が密室で話すなど、これではまるで……

「……もしかして、梨香さんの身に何か……」

「彼女は健康そのものよ」

 即答はうれしいが、せめて表情に変化がほしい。

「まあ、その梨香さんに関係する事なんだけど」

 デスクに肘を突き、メガネの奥の双眸が――一瞬にして鋭利に変わる。

「エロエロパラダイスって知ってる?」

「…………」

「…………」

「…………今、何て言いました?」

「エロエロパラダイスって知ってる? って聞いたの」

 端正な無表情で何を言うかこの人は。

「……なんですかそれ」

「これなんだけど」

 白衣の胸ポケットから取り出した名刺カードを幸輔に差し出す。ド派手なピンクにこれでもかとハートマークを散りばめた――いや、詰め込んだデザインの紙に、丸文字で印字された文字。

『エロエロパラダイス エリカ』

「梨香さんが所持していた物よ」

「勝手に取っていいんですか」

「もらったの」

 幸輔の冷静な突っ込みをものともせずに返した。

「かわいいわねって言ったら簡単にくれたわ。――で、もう1枚」

 再び胸ポケットに指を入れる。次いで差し出された物も同じものだったが、こちらにはキスマークが付いていた。

「なんで2枚も持ってるんですか」

「キスマークの方は同僚が落としたものよ」

「はい?」

 驚き手元の2枚を見比べる。

「同僚って言ったら」

「そう、ここの医者」

 顔色ひとつ変えずに忍足は言いのけた。

「その白衣から落ちたのを拾ったの。正直げんなりしたわ。こんなとこに行く男と、そのネーミングセンスゼロの店名に」

「後者はどうでもいいでしょ」

「もっと捻りようがあるでしょ」

「俺に言われても……」

 真っ向から責められても困る。

「そこでお願いがあるんだけど」

 話題の移行は早かった。

 忍足という女、無頓着と言うよりもあっさりした性格のようだ。

「可能な限り、梨香さんを外に出さないでほしいの」

 言われて逡巡。

「それは……同僚に会わせると良くない事でもあるんですか?」

「良くない事しか残らない」

 不気味極まりない事を口にし、忍足は背もたれに寄りかかった。

「そこまで」

 キスマークのカードを指先で弄んだ幸輔は、

「人目のない所で、その男がキスマークに口付ける瞬間を見たし」

 すぐさま壁に投げ付けた。

「梨香さんが入院してるなんて知ったら何するかわからない」

 床に落ちたカードを追う忍足の目には懸念ばかりが映る。

「わかりました」

 背筋を這う悪寒と、夏だと言うのに立つ鳥肌と、胃を覆った吐き気を抑えながら、幸輔は頷いた。

「お願いしたわ。私独りじゃ守り切れないから」

 安堵したのか、わずかに彼女の唇が緩む。

「今日は彼、当直じゃないから安全よ。それから――面会時間は7時までなんだけど、あなたに限ってそこは目を瞑る。事情が事情だから、彼女のそばにいてあげて」

 彼女と口にした忍足の語調に何か引っかかりを覚えたが、すぐに気のせいだと考え直した。

「で、その男の名前は?」

林航助(はやし こうすけ)

 これで、コースケは4人目だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ