復活の時
この話、思ったよりも大変でした。
戦争で焼き払われた村等の復興が始まっているらしい。
戦争の後は、常にこういった作業が付きまとう。
若者は、まだそういった折れるような事態には陥ることもなく、健やかに成長している。
私は折れた時には、どうしようかと悩んだものだ。
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真っ二つに折れたとはいっても、柄に近いところから折れており、剣身は大半が残っている状態であった。
元々業物と呼ばれる程の剣であった私は幸いな事に、部下の一人が剣身を拾って保管してくれていた。
「ひーひっひひ、今日も朝から金物ひろい~♪っと」
私を保管しつつ持ち歩いてるので、外の声はよく聞こえる。
保管というか、単にいずれ自分の物に・・・・・・とか考えてそうだが、まあそれもいいだろう。
所詮、私は剣という物体でしかない。
集中すれば外の様子を探る事も可能なので、意識を向けたところ、みすぼらしい初老の男が戦跡から比較的軽い短剣やら、懐を探って金銭を得たりしている。
所謂、泥棒の一種ではあるが、こういった輩は多々発生する。
自らに害が及ぶのならば排除する必要もあるが、無駄に体力を使うのも馬鹿らしいのだろう。
それに、あさっているのは、こちらを刺激しないようにする為か、敵兵の亡骸から奪っている。
「ふむ、じじい。」
「え、は、はい、なんでしょうか?」
私を持っている男は不意に初老の男に声をかける。
「すまんが、近くに食料や水を提供してくれるところはないかね。
謝礼は払う、あいつ等みたいに奪うようなまねはせんよ。」
敵兵を指差しながら言う台詞に嘘はないようだ。
「へっへ、ざ、残念ですがだんなぁ、ワシは山の中に捨てられたじじいなんでな。
ここらへんの街とか村はしらんのじゃ。」
「そうか、じゃあしょうがないな。
食料を買うから、置いてどっかへいけ。」
「いや、これはワシの。」
「いいから、買ってやるから、食料を置いてどっかへ行け!」
「ワシの。」
「最後まで言わせたいのか、さっさとせんかぁ!」
私を持っている男は、初老の男に一括する。
「ぃぃぃい、わ、わかった、分けてやるから、だから。」
「いや、全部買ってやるから、ありがたく思え、なっ!!」
右手に剣を、左手にお金の入った袋をもって初老の男に近づく。
「わ、わかった、全部やるから助けてくれぇぇぇぇ!!」
初老の男は逃げて行ってしまい、私を持っている男は初老の男が落としていった干し肉を拾い少しずつ味わっている。
「あーあ、買ってやるといったのにな。
しかし、くれるといったもの無碍にするのも悪いよな。」
この男の上司には暫く使われていたので知っているが、兵站は足りないわけではない。
ただ、個々人の食欲を満たす程ではないというだけだ。
そして、指揮する人間がいなくなると、ちょっとしたことで彼等はただの強盗と化す。
まだ多少上司といえる者達は残っていたので、まだこの程度だが時間の問題であろう。
それが証拠に、男はふらふらと、遠回りに、しかし確実に初老の男の後を追けていた。
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「まぁったく、ひどいめにおうたわい。
人が楽しく、鉄屑ひろいをしておったというのに。
今度からは、食料を持っていくのも考えたほうがいいかのう。」
初老の男はぶつぶつとボヤキながら獣道のようになっている山をどんどん上がっていく。
上がりきると、そこそこの小屋があり、鳥小屋があり、畑があり、農耕具や狩猟具等もあってなんとか自給自足できるようになっているようだ。
水はきていないようだが、水をためる甕等が並んでいる。
「さてと、いっちょやるかのう。
まずは、剣のたぐいからだの。」
空の桶をもってきたかとおもうと、そこには何故か灰色の砂が沢山入っていた。
そして、ぼろぼろになっている短剣を素手で掴んだかとおもうと一瞬で消える。
いや、消えたわけではなく同質量の砂になって桶に落ちていく。
いくつもいくつも同じような作業をくりかえし、他にも金物を分解してしまう。
さらには、別の桶をもってきて、銀の粉や金の粉に変えてしまう。
「ふむ、今日はナベと包丁、金銀は延棒にしておこうかの。」
言うとおり、灰色の粉は鉄鍋と包丁に変化して、金銀は延棒の形に変形していく。
他にも、かさばり難いものや重ねられるものを主に作成していく。
それらを背負いの籠に放り込むと質素ながらもベッドと呼べるものに寝転ぶ。
「まったく、ワシ等の芸術がこんな無様になるとはのぅ。
まあ結果生活必需品になって、町に還元されるのじゃからいいじゃろう!」
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「なるほど、流浪鍛冶か。
道理で、剣ばかりもっていくとおもった。
剣を運ぶ分、銀貨を持っていったほうがいいからな。」
私を持っている男は、初老の男の足跡を確実に追けることが出来ていた。
おそらく、野伏せの心得もあるのだろう。
そして、私は流浪鍛冶の腕前をみて感嘆していた。
流浪鍛冶は一般の鍛冶と違い、魔術を用いた鍛冶を行う。
それゆえ、一般の鍛冶師とは相容れない存在だ。
街に定住すると、鍛冶師やつながりのあるものから睨まれる。
故に流浪鍛冶と呼ばれるようになった人たちだ。
逆に国等は彼等を追いかけて、国に使えさせようとしているらしいが、絶対数が少ない上に一所にとどまらないので、滅多に成功することはないし、捕らえる事が出来た場合でも秘匿される。
しかしだ、今の私を望む姿に変える事が出来るのではないかと期待する。
「ああ、いいな、食料もたくさんある。
あのじじいを脅して、一生安泰な生活をここで暮らすのもいいかもしれんな。」
おそらく、今が残されたチャンスというやつだろう。
私は決心して、男の意識を奪う。
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「はあぁ、ワシももうろくしたのぅ。
貴様の魂胆も気付けずにいたわい。
それで、何の用だ? 若いの?」
先程の脅されて逃げた様とはちがい、堂々と男に対面するが、首を捻る。
なぜなら、男の首も傾いでいる状態だ。
興奮して自制がきかなくなっている輩がこんな状態で暴れていたのを見た事があるが、男は暴れる様子をみせない。
そして、剣を鞘ごと抜く。
『いまは、こいつは無害
今の内に縛れ、けど、片手だけは開放、頼む。』
鞘で地面に、私が文字を書く。
この男の意思を乗っ取り、何とか操る事ができた。
何世紀ぶりかだったので、うまく出来るか、それに自分の状態が状態なので、心配だったのだ。
「うむ、何かに操られておるのか?
まあ、好都合じゃ。
言うとおりにしてやろう。」
左手を残し、ワイヤーで縛り上げる。
左手を残したのは鞘の位置から利き手が右手だと見越してのことだろう。
『ありがとう。
私はこいつの背嚢の中に保管されている。
ついては、今回の事で教えられることは教えるから頼みたい事がある。』
別に左手でも私には利き手は関係ないので、すらすらと地面に文字を書く。
「ふむ、しかし外すとこいつの意識がもどり、オマエさんは喋れなくなるのではないか?」
『私に触れて、少し薄く延ばしてくれればいい。
後は会話できる・・・・・・はず。』
喋るのも久々すぎるので、自信はないがかつてできたのだ、やってやれんことはないであろう。
「わかった、ではやるか」
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部下だった男は、鍵のない手枷を付けて放り出された。
運がよければ生きてどこかにたどり着くであろう。
「いやー、おぬしのような存在にあうとは、長生きはするもんじゃわい。」
「いやいや、私こそ貴方に出会えなかったら今頃どうなっていたことか。
無駄に熱せられへたくそな混ぜ物を入れられ、意識が混濁でもするのではないかと戦線恐々でしたから。」
他にも想定できる未来はあるが、今は語らずにこの幸運を祝おう。
そして、私たちは長らく語り合った。
お互いを知るために、語り合った。
無機物として生まれ、初めて語り合うという喜びを知ることが出来たのだ。
そして、時はくる。
「して、御主はどのような形を望む?」
「そうだな、形は刀、日本刀と呼ばれる剣はしっているか?」
「無論じゃ、しかし形状はそれでいいとしても、同じ形でも時代よって用途も変化するぞ。
ある程度自由が利くほうがいいであろう。」
「そんな事できるのか!」
「ワシの手にある魔法をおぬしに複写すれば可能だ」
「おぉ!」
思わず私は感嘆の声をあげる。
そして、私は一振りの日本刀であり、日本刀でない存在となった。
「じいさん、すまん私の為に・・・・・・。」
「いいんじゃよ、ワシの手が未来永劫のこるんじゃ、こんな嬉しいことはない!」
じいさんの手からは、魔法の力が失われていた。
力の複写ではなく、力の移送だったのだろう。
そして、おそらくこうなることも判っていたのだろう。
私は、この匠に感謝した。
「ああ、そうだ、おまえさんの銘を教えてくれんかね?」
「私の銘は『紅朱鴉』シンの名をもつ鍛冶師に打たれ、新たにシンの名を持つ流浪鍛冶師の手により生まれ出でた知性ある刀!」
そう、この流浪鍛冶の名もまたシンであった。
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私はこのとき、今の形となった。
私はこの流浪鍛冶に心の底から感謝している。
復興には、国が力を割いているところは比較的順調回復し、放置されているところは大半が離村していく傾向にあるようだ。
当たり前だ。
私もそうだったように、折れた時に、そこにあるだけの力で回復できる者など滅多にいないのだ。
もし、若者が折れるようなことがあっても、支える者が居る事を今は祈らん。
次が終わりです。
ちょっととちったけど、10話で終わるよー。