英雄の時代
この話を書いてるときは楽しかった。
若者は、かの者の様な英雄と呼ばれる存在になれるであろうか。
仲間との友誼は熱く、人に優しく、己は控える。
しかし、私を振るい敵を屠るのに躊躇はなく、将来の武人の姿としての姿は垣間見える。
資質は十分であろう。
私がどれだけ助けになるかわからないが、あの英雄のときのように力を貸そうと思えている。
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「けど、大分歪んでるな、よし、おまえを打ち直してもらおう!」
確かに、タイレルにまともに手入れされずにぶつけられて、あちこち刀身が歪んでしまっていたのは確かだ。
しかし、そうなってしまったら、自分の意思がどうなるのか不安だったので、抗議しようと声を上げようとしたのだが、声の出し方をど忘れしてしまった。
本来、刀や剣に発声器官など存在しない。
私は刀身を振動させることで声を発するため、刀身が歪んでしまったことも一因としてあるだろう。
なんにしろ、抗議する事が出来ない私は、おとなしく布にくるまれて元盗賊のアジトを何百年か振りに出る事になった。
「やあ、お久しぶり、今日はこの刀を打ち直して欲しいんだけどいいかな?」
「カイン様、私にお任せあれ!」
とても鍛冶屋とか思えない対応をする男は布を解いて私を隅々まで見ていく。
既に白木で造られていた柄の部分は腐敗しており、私は頭から足までその身一つという状態になっていたことにここで初めて気がついた。
「ふむ、これは呪われております。
しかし、それ以外は材料からして一級品、私としては鋳溶かして改めて作り直す事をお勧めいたします。」
「じゃ、それで頼むよ。」
私は何も抵抗する事ができず、この鍛冶屋の男に新たな姿をとらされることとなった。
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「どうぞ、カイン様、お納め下さい。」
鍛冶屋の手で、溶かされて他の金属と混ぜられ鍛えられて、一振りの剣となっており、刀と違いしなりが殆どないような剛剣のため、喋ることは断念せざるえなくなった。
「おお、かっこいいね。
黒い剣身なんて、鎧とおそろいだ、気に入ったよ。」
「はは、カイン様の御眼鏡にかないこれ以上の幸福はありません。」
私は、カインと呼ばれる黒い鎧を着た、今でもすら英雄と呼ばれている戦士の背中に飾られることとなった。
一緒に溶かされた金属のせいか、刀身・・・・・・剣身は黒く染まり、柄はシンプルながらも高貴さを湛える意匠が凝らしてあった。
最初こそ、不平不満が多々あったものの、このカインという戦士と共に旅をする事で、楽しくなっていき、今の状態も悪くないとおもえるようになっていた。
「どうも、カインさん、今日は依頼ですか?
それとも買物ですか?
何でもお安く融通しますよ。」
冒険者の店の中に併設されている売店で、カインは入るなり声をかけられる。
カインは数少ない伝説級冒険者で、彼に何かしら買ってもらえれば店に箔がつくのだ。
「いや、今日はとくになにもないよ。
ちょっと疲れたから宿をとりにきたんだ。
ああ、そうだ、これ買取りおねがいね。」
カインが無造作に袋を買い取りカウンターに置くが、その中身は無造作に出してよいものではなかった。
色とりどりの鱗がザラザラと流れてくる。
大きさや、質、色から言ってドラゴンのものであろう。
しかし、もしドラゴンを討伐したのなら何かしら噂があっていいものだし、鱗だけというのも解せない。
「西のほうのドラゴンはいい奴でさ、こんなお土産もたせてもらったんだ。
折角持たせてもらって売るのは心苦しいんだけど、いっぱいもってても仕方ないしね。
一通りの鱗二枚ずつセットで持っておくから、後は売ってしまうことにしたんだ。
それのが、皆得するからね。」
暫く前に、何気に西に行った時に、人に化けたドラゴンと遭遇したのだが、このドラゴンやたらと暇を持て余していたらしく、カインに話しかけてきた。
あれほどの存在感、人の姿をしていても隠しきれるものではない。
そのときの態度如何で行動を考える予定だったらしいが、余りにも普通に接するのでドラゴンのほうが拍子抜けしたというのが真相であった。
カインはそんな事に何一つ気付いていないのか、ドラゴンの姿に戻ったときも、子供のように楽しそうにはしゃいでいただけだった。
これが、英雄の資質というものなのかもしれん。
買取カウンターも少し賑わいが大きくなった程度で、すでにいつもの事なのだろう。
カインに付き合ううちに、こういう事が当たり前な人間がいるということを思い知った。
そして、私がいかに小さい、欲望にまみれた獣だったかということを思い知らされた。
カインは私にとって、これまでもこれからも尊敬に値する者として不動の位置に存在するであろう。
襲われた商隊を見ると、何も躊躇せず一緒にいた仲間と連携をとり、数十人いた盗賊を一人残らず斬りすてるという、戦士としてのおもいきりのよさに、リーダーとしての資質をみせた。
人攫いが闊歩すると聞くと、聞き込みを開始して一日で犯人を特定し、それ以後の事件を起こさせないように手配する手際の良さと知性を見せた。
戦争があれば、それを止めるべく両国の間に立ち、互いの妥協点を見つけて戦争自体を回避するという外交官としての手腕も見せた。
飢饉にあった村に赴いたときには、一人で畑を耕し、荒地にも強く繁殖力の強い植物を育て、さらにその育て方なども教えて、発展の礎にもなった。
しかし、カインは対価も爵位も勲章も全て辞退した。
唯一受け取るのは、冒険者からの依頼達成報酬のみで、それだけで全ての事をやってのけた。
「ねぇ、『鴉』僕はね、英雄なんていわれてるけど、違うんだ。
自由に、そして正しく生きたいだけなんだ。
分かるかな?」
ある日、私に話しかけてくれたカインの言葉は今でも残っている。
自由に正しく生きたい、それはなんと至高で、そして難しく、我侭な願いなのか。
今の私はその事を知っている。
しかし、当時の私はそんな事を知るよしもなく、ただ『鴉』名づけられていた事に心地よいひと時をカインと供に過ごしていた。
これは、私が一番贅沢だったとき。
この世に生まれて、世界一幸せだったときのひと時だった。
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カインは、この歴史的英雄として各地に名を馳せた。
しかし、カインは人間だった。
私は、この時までカインが人間という事を忘れていたのかもしれない。
カインも70歳を越え、半世紀近く一緒に居た事になる。
そして、お別れの時が来たのだった。
「あぁ、僕は、最後まで幸せだった・・・・・・。」
そう一言呟いて、息を引き取った。
嫁は既に他界し、子供達は独り立ちしており、大きな家には既に使用人も居らず、傍に控えるのは私一振りと鎧一式。
互いに手入され、調整され、最後まで一緒に居る事が出来た戦友だった。
私のように、特別な金属ではない、普通の軽い金属の鎧のはずだった。
カインが事切れたとき、鎧は他の誰かに着られる事を嫌うかのように、大きな亀裂が走る。
本来、そんな事はおきえない。
なにより、カインが手入れしていた一品、下手な手入よりも余程丁寧に手入れされているはずだ。
そして、亀裂がさらに大きく広がったかとおもうと、弾けとび、大きな音をたてた。
まるで、カインが一人で逝く事に、声高に反抗するかのように。
私は、その鎧が羨ましかった。
尊敬できる主人の下で、最後に朽ちる事ができる。
道具と生まれて、それ以上の幸せな最後を考えることが出来ない。
「おじいちゃ・・・・・・おじいちゃん!
だれか、だれか、おじいちゃんが大変だよ、誰かきてー!」
遊びに来たのか、カインの孫が鎧の破裂音を聞いて来たのか、カインが動かない様子をみると、あわてて人を呼びにいく。
カインの遺体は国葬で、大々的に葬られることとなった。
また、この国ではカインの命日は『英雄の休息日』として祝日となった。
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あのカイン程ではないが、この若者にも見込みがある。
カインの意思を僅かでも私が継いでいたなら、僥倖だ。
若者に伝えることができたら、更に良い。
この洞窟のロックゴーレムを操って被害をだしていた魔術師を屠り、冒険者の店に戻っていく。
未だ駆け出し冒険者ながら、まずまずの成果を上げ、私と供に今後もこの世に貢献することを切に願う。
楽しいと、その後失速するよね。