誕生の時
新シリーズ始まりました。
お読み戴けたら幸いです。
私は長い長い年月をかけて、今に至る知性ある魔刀だ。
銘は『紅朱鴉』、紆余曲折あったが現在は日本刀型に落ち着いている。
つい最近まで、大騎士とまで呼ばれた男の腰を飾っていた。
当然だ、私ほどの刀剣、否! 武器全体を見ても他に追随するものなど一つもありはしない!
しかし・・・・・・だ、それほどの刀剣であるのならば、自分の跡取りに持たせたいとおもうのが親心なのだろう。
まだ卵の殻もとれていないようなヒヨっ子の腰にぶら下がっているのが現状だ。
誰にでも最初というのはあるものだ、こやつはこれから暫くは冒険者として身を立てていくらしい。
私も、最初は・・・・・・そう、あれはある日のことだった。
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私はとある鍛冶屋で一本の剣として飾られていた。
何でも、守り刀というもので、人も斬らず、獣も斬らず、何も斬らないただそこでまんじりとしているだけの生活であった。
今でこそ、斬ることこそが本質と理解しているが、何一つ斬った事のない当時、私にはそれは当たり前の日々であった。
「ふう、今日はここらへんでやめるかな。
鋏も、鍬も、直しはおわっているからな。
ああ、明日は鎌を新しく打つかな。」
のんびりとした口調の声を私はこの日も聞いていた。
彼が私の産みの親・・・・・・末代であり、いまの主人であった。
村の端にすみ、欲は浅く、村のためにと農具をこさえたり直したり、そのお礼としてお米や野菜をもらう日々であった。
「はー、働いたあとの一杯はうめーなぁ」
一日一杯の酒、これのみの楽しみに日々を生きているような老人だ。
むかしは、もっと若々しく、時として刀剣すら打っていたものだ。
今では、ここに残った刀剣と呼べる代物は私しか存在しなくなっていた。
残念な事に、嫁にも息子にも先立たれ、弟子もおらずこの鍛冶場は数年もすれば廃墟となるだろう。
しかし、当時の私にはそれらの事を何一つ理解していなかった。
当然だろう、人間であればまだ母親の中に居る頃と変わらない程度の頃だ。
ただ、当たり前の風景の中で、ただそこにあった。
「すいませーん。
シンさんおられますかー。」
若い娘の声が聞こえる。
老人しかいないようなこの場所にたまに野菜をもってきてくれる娘さんだ。
「はーい、おお、マーちゃんすっかりきれいになったなぁ
いつでもワシがお嫁にもらうぞ。」
「やーだ、シンさん、奥さん一筋でしょ?
そんなお世辞でからかったって、野菜しかでないわよ。」
いつもの他愛ないやりとり、しかしそんな中不躾に声がかけられる。
「御免! 鍛冶師のシン殿とお見受けする。
突然の訪問すまぬが、元来無作法な人間なので、ご容赦いただきたい。」
大剣を背負った大男がうしろから"ぬっ"と現れる。
「ああ、ごめんなさい、シンさんにお客さんがきてて案内していたところなのよ。」
「おお、マーちゃんありがとうな、しかしすまんが先に帰ってておくれ。
明日にでも鋏と鍬はとどけるでな。」
娘は邪魔してはわるいとおもってか、早々に村に引き返す。
「・・・・・・して、おぬし名前を教えてくれぬかな?」
鋭い眼光をもって大男を向かえる鍛冶師、しかし大男も怯むことなく答える。
「失礼した、我が名はオータイと申す、今は無名な戦士なれどいずれは世に轟く剣豪となる男!」
鍛冶師が値踏みをするようにオータイという大男を再度上から下までみると、一言。
「そうか、オータイ殿か、訪問嬉しくおもうが、ワシのところにはもう何一つ残っておらんぞ。
先代の刀剣類はすべて売れてしまっておるし、ワシは鎌や鋏をつくるのが精々だしな。
すまぬが、未来の剣豪殿は間違ったところに来られたようだ。」
それだけいうと背を向けて、鍛冶場の奥にある自室に向かって歩いていく。
「しかし折角きてもらったもの、トンボ返しさせても申し訳ない。
野菜ももらったことじゃし、適当なナベ程度しかだせんが、食っていくか?」
大男は何か言いたい事もあるのだろうが、何かを言いかけてやめて「ご馳走になります」とだけ言って、シンと一緒に奥の部屋に入っていく。
ナベを挟んで向かい合った老人と言っていい年齢と容貌の鍛冶師、力溢れる若々しく背負っていた大剣を玄関に置いて緊張したおももちでいる大男。
対照的といってもいい二人は、黙ってナベが煮えるのを待っていた。
「刀剣類はないといっておられたが、そこに一振りの立派な刀剣はいったい?」
「・・・・・・あれが武器にみえるかね。
まあ、長い話になるだろうから、今日は泊まっていきなさいな。
寝心地は保障せんが、寝具は余分にあるからな。」
言うまでもなく、奥様のもしくはお子様のつかっていた寝具、しかし他人に使わせるのに躊躇はないようだ。
煮えた野菜をつつきながら、二人は沈黙のままだ。
鍛冶師は何をどう説明しようか悩んでおり、大男はどうすればあの刀剣を譲って頂けるかと思案していた。
ナベの火を落として、暫くしてから鍛冶師は語りだした。
「あの剣、いや刀はな、守り刀という。
女子供が懐に忍ばすような短剣とはちがうものでな。
悪鬼羅刹、病気や災厄から身を護ると言われておる。
材質が普通の鋼とは違っておるのだが、その辺は既に失伝してしもうた。」
実際には、口伝で伝えられており失伝していない。
私は、何でも神の降り立った地といわれる某所の地下から採掘された鉱石で鍛えられたらしい。
「しかし、ならば尚の事、あの刀が欲しい!
武器に見えるかと聞かれたが、あれは武器以外の何者でもない。
剥き出しで置かれている故、我でも分かるがあれは刃もついているではないか!」
鍛冶師は溜息をつき、守り刀である私を指差す。
「あれは、たしかに武器だ。
・・・・・・しかしな、人が使うには過ぎた武器ともいえるな。
見えぬものすら斬るのだ、ワシはあれがな、憎いのよ。」
鍛冶師の目が真剣に大男・・・・・・ではなく私を見た。
その目は憎悪に満ちていた。
その目は怨嗟に満ちていた。
今でもあの目は忘れられない。
あれ以後、数千年に渡りあれほどまでの憎悪を持った人間に会ったことはない。
偉丈夫の大男も思わず後ずさる程の憎悪だった。
「ゆえにな、刀の本懐は遂げさせんでな。
あそこに飾られて、よくて無頼のものにでも使われて朽ちていくのみだな。
ワシはそのためだけに、今はここにおる。」
いつの間にか大汗をかいていた大男は無意識に手ぬぐいで顔の汗をぬぐう。
「まあ、そんなわけじゃからな。
あきらめて下され。
あの刀は、護る為にはなんでも斬る、それこそ分別をもたん子供のようにな。」
オータイはその後はとくに喋ることなく就寝する。
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そして、次の朝、私はオータイの腰にぶら下がっていた。
「こんな名刀が朽ちていくなど、許されん!
我が我の名と共に、この世に広めてくれよう!」
鍛冶師がおきるのを待たず、守り刀である私をもって鍛冶場を通って出て行った。
こうして私は刀として武器としてこの世に生まれだされた。
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私は、今では神にも等しき存在となった、この若者はどこまで行くか楽しみだ。
大騎士と呼ばれるまでにのしあがるか、それ以上の英雄となるか、はたまたそのまま命を落とすかわからぬが、暫くは一緒に戦おうではないか。
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「ふう、ようやく行ったか。
長かったような、短かったような、よく分からんな。
ワシは長く生きすぎた、ようやくお前等のところに行けるな。」
鍛冶師シンは、一筋の風とともに崩れ落ちていく。
刀鍛冶師、初代であり末代でもあるシンの名は、長い長い歴史の中で表に出る事は一度もなかった。
今回は少しだけ書き溜めています。
十話予定ですが、神ならぬ邪神が降りて邪魔をするかもしれません。