第一章 〜死ねない・君〜 6
「紅染さんは生まれは日本ですが、イギリスへ移住し戻ってきた帰国子女です。学校のことだけじゃなくこちらの土地柄もわかっていないと思いますので、そこのサポートも皆さんしっかりしてあげてください」
白木先生が一言、その転校生……紅染 リオンのことを紹介する。その転校生は動じず、そこに堂々たる態度で立っている。
俺はようやく、さきほどの妙な衝撃から抜け出していた。
原因はわからない。ただ心の底を、がつーんとバットで殴られたような感じがしたのだ。
「じゃあ紅染さんは後ろにある机と椅子を最後尾に運んで、それを席にしてください」
教室の後ろには使われてない机と椅子が一つ、端の方に置かれていた。先生が言うにはそれを自席にするようにとのこと。
「すげぇな。帰国子女だってよ、霧。……霧?」
ざわめく教室の中、俺は前の席にいる霧に話しかける。しかし霧はその転校生を見て何かを考え込んでいる。少しおかしい。霧なら周りと同じように騒ぐはずなのだが。
「あ。いや。あの女子生徒、ちょっとどっかで見たことあるような気がしてな」
「え?」
おかしなことを霧は言い出した。
「お前、イギリスに住んでたのか……? その割には英語の成績は酷かったような」
「違う! 俺はイギリスなんて行ったことねぇ。……まぁいい。何でもねぇ。気のせいだろ」
そう言っているが、まだどこかひっかかるらしく、考え続けている。
そうしてると、紅染リオンは席に着くためにこちらに向かってくる。そして、俺の席の横を通り過ぎていく。
彼女はやっぱり綺麗だった。その白い肌も、対立する黒い髪も、どこか妖艶な感じがする。
横目で、ちらと見ると黙々と自分の席を用意する紅染リオン。周りからはすでに色々な質問攻めにあっていたが、落ち着いた体裁でそれに淡々と答えていってるのが伺えた。
何でもない、ただの美人な転校生。
しかし通り過ぎたその時、微かにしたのは、鉄の匂いだった。
時刻は過ぎて二時間目が始まる前の休み時間。多くのクラスの人があの転校生、紅染 リオンの周りで話をしていた。
「人気者だねぇ。帰国子女の転校生は」
その光景を見ながら、霧は両手を頭の後ろで組みそんなことを言う。
「まぁ転校生だけでも凄いのに、何せ帰国子女だからな。というか、お前があんな美人に食いつかないのは珍しいけど」
霧は美人なら積極的に話しに行くようなやつだ。まぁ尻軽とまではいかないが、本人いわく「美人と知り合いで悪いことはない」とのこと。
「んー……なんかなぁ。アレは何か違うっていうか、違和感があるっていうか……。確かに美人なのは認めるが、どうも話しかける対象ではないんだよな。俺の中では」
相変わらず良く分からない分類をするやつだ。
「ま。好みは人それぞれってことか」
そういうイレギュラーがあってもおかしくはないだろう。
「そろそろ行こうぜ、霧。次の授業に遅れちまう」
次の授業は体育だった。専用の更衣室を使って着替えをするので移動をしなくてはならない。
「ああ。そうだな。じゃあ行くとするか」
そうして俺たち二人は更衣室へと向かった。
着替え終えて、体育館に行くと雫がいた。体育は男子女子が分かれて、隣のクラスと合同でやる。なのでうちのクラスと雫のクラスはこの時は同じ授業になっていた。そして今日は体育館の半分で男子がバレーボール、女子がバスケットボールである。
「よ、雫」
ぼーっと何かを見ていた雫は俺の声に気づき、振り返る。
「あ、カイトに兄さん」
「何見てたんだ?」
霧がそう尋ねると、少し怪訝そうな表情である人物に向って指をさす。
「あれ、誰?」
その人物はやはり紅染リオン。彼女の周りは先ほどと同様、人であふれている。
「今日うちのクラスに転校してきた帰国子女だ。名前は紅染リオン」
そう簡潔に説明する。他のクラスにはまだ転校生の情報はあまり流れていないのだろう。
「あぁ……。そっちの教室が朝うるさかったのそのせいね。何事かと思ったわよ」
腰に手を当てやれやれというため息をついている、雫。確かに朝のあれは凄く騒がしかったからな。
「それにしても、あの人……」
さきほど霧がしてたように雫も何か考え始める。そして、
「どっかで見たことあるのよね」
同じようにそう言い放つ。
「お。雫もそう思うか?」
「ってことは兄さんも? うん、どこでかはわからないけど、見たことある……」
二人して合わせたようにそう言う。兄妹そろってそんなこと言うなんて、親戚か何かなのではないか?
「そうだ。二人の両親は海外で仕事してるんだろ? だったらその知り合いとかだったら線はあるんじゃないのか? 両親が家に戻ってきてる時に見せてくれた写真に乗ってたとか」
俺は適当だが、筋は通っている推測を言ってみる。だが、
「それはありえないわ」
と即答で一蹴されてしまう。苦笑いして雫は取り繕う。
「いや、その。私たちの両親が他の人と撮ってくる写真は今までで一枚もないのよ。だからそれはありえないわ」
なるほど。ならば俺の推理は間違っていた。だが、そう説明する雫の顔はやはりどこか虚ろな感じがした。
「まぁいいわ。そのうち思い出すでしょう。私ももう少し彼女のこと知るために話してみようかしら」
そんなことを言って雫は紅染リオンを囲む集団の中へ入っていく。
「何か今の雫おかしかったな」
なんてことを呟いて、俺は霧の方を見ると、少し心配するような眼差しを、雫に向けていたのだった。