第七章 ~着かない・想~ 3
一瞬のことで何が起きたか、理解が追いつかない。
飛び散る鮮血。身体に掛かる血しぶき。紅染は倒れそうになるが、必死に耐えている。そして、持っていた槍を俺をかばうように振り上げていた。
「紅染!」
俺は叫ぶ。紅染は大丈夫だと言うように、片手をあげて俺を制す。
見ると地面には刃物のようなものが刺さっている。それも一つだけではなく、30〜40はある。
「ふむ、どうやら急所は外れてしまったようだな。残念だ。なるべく苦しまずに殺してやろうと思ったのだが」
至って冷静な言葉は木の上から発せられたものだった。
月光をバックに、不気味な黒の服を纏い、気味の悪い笑みを浮かべて立っている。
「……『不死の王』」
「これはこれは始めまして、紅の聖職者。といっても、今は薄汚いドブ色をしているけど、俺の眼がおかしくなったのかな?」
そいつはそんな皮肉をさらりと言ってのける。腹部に何かの攻撃を受けた紅染はそこを手で押さえながら相手を睨みつける。
「君には俺の部下たちが世話になったようだ。おかげで、今回の作戦はどうやら白紙になってしまったよ。こうなっては、俺が動かざるを得ないようだ」
「あら。今まで、黙ってこの状況を見過ごしてきたのはどこの誰かしら。私はてっきり、長い年月でボケてしまって自分自身の計画自体を忘れてしまったのかと思ったわ」
負けずに皮肉で返す、紅染。
一体、この男は何者なのか。この状況をきちんと理解は出来なかったが、今、対峙している相手が紅染を攻撃してきたのだから、こちらの敵であるということは間違いないだろう。
となると、こいつがブランアルベル姉妹を裏で操っていた黒幕。この街にいる最後のアンデッドの一人ということになる。
不死の王。
それは、他のアンデッドと一線を画すような名称だ。
「紅の聖職者。異国のアンデッドバスターであるお前がなぜこんな東洋の辺鄙な地へとやってきた?」
木の上からその挑発にも乗らずに淡々と紅染へ言葉を投げかける。
それに対して紅染は、セレナやアイナと戦った以上の気迫を男に向けて出していた。
「決まってる。不死の王。あなたを『殺し』にだ」
少しの間、互いの視線が交わる。少しの後、不死の王と紅染が呼ぶ男が口を開いた。
「ふむ。俺も幾度となくアンデッドバスターに命を狙われつづけている。ただ、ここ数十年は特に目立った動きはせずにじっと暮らしていたつもりなのだがな。それにもかかわらず、ホームではないアンデッドバスターがわざわざ俺を『殺し』に来るというのは、理には適っていないように思われるが。
……故に改めて問おう。なぜ、俺を殺そうと思う?」
淡々とつまらなそうに不死の王は紅染に聞く。
そして、紅染は先ほど以上の気を込めて、相手を睨め付けた。
「……復讐だ」