第七章 ~着かない・想~ 1
長い時間が流れたような気がした。
雫は茫然と立っており、霧は真っ直ぐ紅染を見据えたまま。
「お前はあの時のアンデッドバスターだろ。その大槍。そしてアンデッド故に風変りしないその容貌。俺たちを助けてくれたのは……アンタだ、紅染リオン」
紅染はすでに立ちあがっていた。そして何かを思い出しているように、月を見上げている。
「嘘よ」
雫が呟く。拳を強く握りしめ、目の前にいる、二人を睨みつける。
「こいつがあの時の人なわけがない。こいつが私たちを救ってくれたあの人なわけがないっ! だって、あれだけ私たちに反発してきて……」
そこで口を噤む。それは何かに気づいたように。
「そう。紅染は雫に反発なんてしていない。どちらかというと、こちら側が反発していただけだ。バスケの時も、弁当の時も、紅染は故意に雫を怒らせてはいない」
霧はそう言うと、持っていた武器を地面に投げ捨てる。そして一度、一度短く息を吐いた。
「ありがとう」
その言葉に紅染はようやく霧を見る。何を言われたかわからず、少しきょとんとしている。
「兄さん?」
同じように雫も驚いた表情をしていた。武器を捨てたことに。そして紅染にその言葉をかけたことに。
「後悔していた。お前は俺たちを命がけで救ってくれたのに、ガキの俺は自分の事で精一杯でそんな当たり前の言葉も言えなかった。そんなことに気付いたのは数年たってからだ。アンデッドバスターになる道を行き、ようやくそれを思い出した」
それを聞いた雫は「あ……」と声を漏らし、途端、涙を流す。紅染も、俯いて少し笑う。
俺にも少しだけそれを理解して、目の前が揺らいだ。
救済。そこにいる三人のアンデッドバスターはその同じ志を持って、生きていた。
それは誰からの見返りもなく、ただ誰かのために戦う。
彼らの行動原理は二つ。一つはそれが自分のため。誰かを救うことが自分を救うことだからだ。
そしてもう一つは――
「帰るぞ、雫。あと、またな、カイト」
霧は踵を返し、歩き出す。もう何も言うことはない。そんな表情をしていた。
そして雫は黙ったまま、そのまま兄の後ろへと付いて行く。
しかし雫は急に立ち止る。そして振り向いて大きな声を張り上げた。
「私、まだ貴方の事許したわけじゃないから。……でも、お礼は言うわ。ありがとう」
それだけ。そうして雫は再び霧の元へと歩いて行く。二人の姿は暗い森の中、すぐに消えてしまった。
「ありがとう……か」
手のひらを眺め、その手を握り締める。
そう、もう一つの行動原理は、誰かからの感謝の気持ち。それは自分の行ったことを肯定してくれる、数少ない自分たちの救済。
認めてくれる人がほとんどいない、それを支えるのはただ一言の言葉。
「久しぶりね。誰かに感謝されるなんて」
紅染はうれしそうな顔をしていた。本当に何かを成し遂げたような。子供っぽい笑みを。
なんとなく、アンデッドバスターの幸せが分かったような気がした。