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第六章 ~知らない・程~ 5⇔

 殺されるんだ。

 頭の中ではそんな考えが浮かんでいた。目の前には返り血を浴びた悪魔が、そして周りには家族の死体。

 それでも、後ろにいた一人の妹を守るために、その少年は精一杯の勇気を持って、そこに立っていた。襲いかかる莫大な恐怖。それでも、最後の家族だけは守りたいという気持ちが勝り、少年はその男を直視していた。

 それでも、その男はその少年の心の内など察するはずもなく、近づいてナイフを持った腕を上げる。そして、その腕が下される。

 少年は目をつむる。長い、永遠かと思えるような時間が流れた気がした。聞こえたものは妹の叫び声だけ。自分を呼ぶ、懸命な声。

 そして、何か鋭い音が耳に入ってくる。

 その音に、少年はゆっくりと、瞼を開けた。

「……」

 唖然とした。そこには黒いローブを着た誰かが立っていた。その姿はさながら魔法使いを連想させる。しかしそれに不釣り合いな大きな槍を片手に持ち、その槍の矛先には黒ずんだ血がついていた。

 見ると、男は片腕を押さえながらそこに数メートル後退している。どうやら、その腕は、そこに突如現れたその人物によって受けた傷を負っていた。

「くっ……! アンデッドバスターか?」

 男がそんな言葉を放つが、それを無視して地面を蹴り、身を爆ぜる、ローブの人。

「ここはひとまず退散したほうがいいですね」

 そう言って、男は三本のナイフを懐から取り出し、投げた。そのナイフは大きく外れて少年の目の前へ突き刺ささる。

 それを見て一瞬少年は身体を強張らせたが、その攻撃が外れたことによって安堵し、フードの人も同じように自分ではなく、その子供が狙われたのかと思って緊張を走らせたが、それが見当違いだったことに胸をなでおろした。

 しかし男の顔は崩れていた。何かをたくらむように目を細め口元を釣り上げている。

 その顔を見てローブの人物はあることに気づき、床を蹴り飛ばし、その少年のもとへと跳ぶ。

 するとナイフから赤い光が発せられる。それと同時に少年と少女は抱きかかえられる。次の瞬間、ナイフからは真っ赤な斬撃が、爪跡を残しながら放たれた。

 その攻撃わずかにかすめる。左肩付近のローブが破かれ、その拍子に顔を隠していたフードもとれる。

 そこには端整な顔立ちの、険しい表情をした女性の容貌があった。

 その間髪に男は逃げおおせる。大槍を持つ少女は小さな溜息をついてその二人を地へと下ろした。

 少女は先ほど、抱きかかえた瞬間に気を失ってしまった。対して少年は愕然とした目をして、周りを見渡していた。赤しか視界に入ってこない、寒々しい空間。それを見て急に激しい嘔吐感が込み上げ、両手で口をふさいだ。それは赤への拒絶、死へと結びつく色への嫌悪に他ならない。

「落ちついて」

 すると少年の頭に何かが置かれる。

 それは冷たい――氷のようにごつごつした手。

「この紙に書いてあるところに行きなさい。そうすれば後はここの人がどうにかしてくれるはずだから」

 そのまましゃがみこんで、ポケットから一枚の名刺サイズの紙を手渡す。そこには細かく書かれた地図が描かれていた。

「ホントはついていきたいのだけれど、私が送れるのはせいぜい駅までね。後は自分たちの力でそこへ行きなさい」

 そう言うと、女性は気絶していた少女を背負った。

「おとうさんと、おじいちゃんとおばあちゃんと……おかあさんは?」

 少年は気持ち悪いのをこらえながら、何かを嘆願するような眼で女性を見た。

「……」

 女性は無言になる。そして少しの間の後、一言、「ごめんなさい」とつぶやいた。





 家はそのままにして、三人は家を出た。少年は何度かあの何とも言えない吐き気が襲ってきたが、その度に妹を見てそれを胃へと戻した。

「どうやったら」

 不意に少年の口から言葉がこぼれる。

「どうやったら、あいつをたおせるの? どうやったら、つよくなれるの?」

 その時、少年は何処を見ていたのだろう。頭の中に何かが渦巻いている。ただ何とも言えない破壊衝動が少年のうちには宿っていた。

 ざわめいている気持ち。横を通り過ぎる家族を見ると、そいつらを殴りたくなった。

「倒せないわよ」

 その一言にはっとした。今、この女性はなんと言ったのか。

「そうね。貴方自身が物理的……いえ、本当にあの男を倒したとしても、貴方の内にはずっとあの男が残るわよ」

 歩きながら少年の胸を指差す。

 すると少年の心の中には沸々と怒りが込み上げてきた。なぜ。なぜやったらやり返してはいけないのか。そんなの一方的ではないか。しまいにはこの女性をも殴りたいという感情に駆られた。

 いつか見たテレビ番組を思い出す。

 それはヒーローが悪さをする敵を倒すものだ。

 そう、そこではいつでも、正義の味方は悪いことをした悪人は絶対に許さない。いつもその敵を成敗して終わる。

 ならあの男は倒してもいいはずなのだ。自分の家族を殺したなんて、立派な悪ではないか。

 どんどんと、目の前が暗くなっていくような気がした。

 

 めまぐるしく、高ぶる感情が、心の中で疾駆する。

 

「だけど――だからこそ、強くなるのよ」

 そして、唐突にその女性の声が耳に響いた。

「今、貴方の内で起こっている『暴れ出したい』という気持ち。それは悔しさ。或いは怒り。それをそのままの形にして表に出すのは簡単なこと。

 だから、その向きを変えるの。

 その男を倒すのではなくて、自分たちのような人を出さないようにする。

 その止められない悔しさや怒りを憎しみに変えてはいけない。

 戦うな、なんて言わないわ。その気持ちをぶつける何かがなければ、必ず崩壊してしまうからね。

 そう。私も貴方の気持ちを知っている。壁が目の前に現れ、辺りを暗くさせてしまう。でもね、その壁を無理やり壊しても、何も生まれないわ。だから、出口を探すのよ。どんなに時間がかかってもいい。自分たちの道を探して、そこに辿り着きなさい」

 何かが胸の奥にさす。少年は目を見開いて、その女性を直視していた。

 そして背負われた少女がようやく目を覚ます。それはちょうど、駅に辿り着いた時だった。

「忘れないで。貴方はいずれ、強くなるわ。それでも、決して憎しみで行動をしてはいけない。だから――」

 ゆっくりと、少女を背から下ろす。そして、フードをまたかぶり、そのローブを翻した。





「おにいちゃん? ねぇ、さっきのひとどこにいったの? おとうさんとおかあさんとおばあちゃんとおじいちゃんは? おうちはどうするの?」

 夕暮れが射し込む電車内で、涙を溜めながら兄の袖をひっぱる少女。それを優しく頭をなでるようにして落ち着かせて、少年は言う。

「だいじょうぶ」

 心の中にはもうすでに、一つの道が出来上がっている。この小さな妹の存在。そして、あの女性から言われた約束。


「救いなさい――。まだ見ぬ、でも必ずどこかにいる誰か(あなたたち)を」


 太陽はいつもより大きく見えている……。

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