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第六章 ~知らない・程~ 3

 辺りは暗く、すでに真夜中のように思えた。しかし現在はまだ七時。この深い森はそんな闇を作っている。

「ここはどこなんだ?」

「学校の裏手にある山の奥よ。普段は人なんて来るはずのない場所ね」

 確かに学校の裏は山になっている。しかしまさかそんな所にアンデッドの根城があるとは思いもよらなかった。

 そんな暗さから不安を身体が覚えたのか、肩の傷が少しズキリとした。そうして俺はあることを思い出す。それは俺の肩をピックで刺した後、白木先生が俺の肩を舐めて、苦悶していた姿。

「なあ、紅染。アンデッドって注射器で注入する以外、血は危ないものなのか?」

 そんなことを聞くと、紅染は怪訝そうな顔をして俺の方を向いてくる。

「危ないってどういうこと?」

「そうだな、例えば、触れたり、飲んだりしたら細胞が破壊されるとか」

「? そんなことはまずないわ。例外としてアンデッドの血だったらそうなるけど、それ以外はホントに稀なケースよ」

「そう……か」

 なら一体、あれはなんだったのだろう。白木先生は確かに俺の血を舐めて苦しんでいた。まさか俺がアンデッドのはずがない。なった覚えもなければ、傷を受けても回復などしなかった。

「どうしたの、カイト?」

「いや、何でもない。ただ少し気になることがあっただけだ」

 そう言ってとりあえずは誤魔化した。なんとなく、このことは言わない方がいいような気がしたのだ。その返答に対して、紅染はただ「そう」と、返しただけで、ありがたいことに余計な詮索はしてこなかった。

「なら、とりあえず、この山を降りて帰りましょう。家までは送っていくから」 

「いいよ。それなら俺が送っていく。俺よりお前の方がひどい怪我じゃないか」

先ほどまでは死ぬほど苦しかった痛みは、今は嘘のように消えていた。逆に紅染の方が顔色があまりすぐれておらず、疲れが溜まっているように見える。

「私はこんなの慣れっこだから。まだ全然平気よ。誰が来ても貴方を守れる自信があるわ」

「そう。それを聞いて安心したわ」

 突如、放たれる言葉。無論紅染の声でも、俺の声でもない。

 しかしそれは、聞き馴れたもの。

 声の方を見ると、そこには紅染と同じ、漆黒のコートを羽織っている影が二つある。

 見間違えるはずのないその顔。それは雨地 雫と雨地 霧であった。

「雫……霧……」

「カイト。今すぐその女から離れなさい」

 険しい表情で、雫は俺に向ってそう言う。霧はそれを後ろで腕組して聞いているだけだ。

「どうして、ここに?」

 重々しい雰囲気を漂わせながら、紅染は雫にそう尋ねた。

「決まってるでしょ。ブランアルベル家の長女を討伐するためによ。でも、その分じゃ、もう事後ってところかしら」

「ええ。アイナ・ブランアルベル……もとい、白木 愛奈は私が殺した」

「……! 白木 愛奈……?」

その名前を聞いて、驚いている、雫と霧。おそらく、二人は白木先生がアンデッドだったということを知らなかったのだろう。

「なるほど、そうだったのね……。まあいいわ、それに貴方がアイナ・ブランアルベルを倒した時点で、私の目的は転換してるのだもの」

 そして、刀を抜きだす。その刀は剣先から水を滴らせ、静寂の空間に一つの音階を生みだしている。同時に言いようのない殺気が、雫の身体からにじみ出ていた。

 何をしようとするのか、もはや本能で分かる。

「雫、お前、やっぱり紅染を……」

「前に言ったでしょ。次は容赦しないって。紅染リオン。貴方を殺すわ」

 刃を、その切っ先を、紅染に向ける。それをやれやれという顔でそれを見る、紅染。

「いいわ。受けて立ちましょう。それで貴方が満足するなら」

 あの大槍をどこからか出現させる。そして同じようにその切っ先を向ける。

 ちょっと待てよ。こんなの、おかしいじゃないか……!

「待て、雫! 紅染は今、白木先生と戦ったばかりで、ボロボロなんだ」

「それがどうしたの? 私にとっては好都合よ。弱ったアンデッドならなおさら今ここで逃がすわけにはいかないわ」

冷々淡々と、そう言う。その眼は紅染という存在を、アンデッドという事実でしか受け入れていない。

「確かに紅染はアンデッドだ。だけど紅染は自らアンデッドになったわけじゃないんだ!」

 俺は必死に訴える。しかし、雫は紅染の方を向いたまま、変わらぬ殺気を放っている。

「それがどうしたの。そんなものは関係ない。この女は、『アンデッド』なの。その過程なんて、無意味なのよ」

「な……」

 あっさりと、先ほど紅染が言っていたことを口にする。

 心の奥で、何かが燃え上がるのを感じた。

「ふざけ……」

「カイト」

 俺の言葉を制する、紅染。見るとその顔は、少し苦みを含んだ笑みをこぼしていた。

「さっきも言ったでしょ。それを知らない人にとってそんな区別はできないって。これはもう、割り切っている。それが百年以上生きてきた故に身につけた処世術よ」

「だけど……」

「いいの。それにね。少し私も、あの子と戦ってみたいの。どれだけあの子が成長したか、見てみたいのよ」

 仕方なく、俺はその感情を無理矢理抑えこむ。

 それを見て紅染は微笑み、そしてまた、真剣な眼差しで、雫の方へと視線を向けた。

「覚悟はできた?」

「ええ。『大分前から』、ね」

 一言、そんな言葉を交わし、その場は一気に緊迫する。

木々の隙間から風が流れている。とても穏やかな冷たい風が。

 霧は黙って二人を見つめている。俺も同じように見据える。

 零秒後、それは始まる。互いの姿が見えなくなった。

 頭の中で、ふとちらついた違和感。それは、紅染の槍が、なぜか黒くなっていたことだった。

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