第一章 〜死ねない・君〜 5
午前六時。朝をむかえた。窓から入ってくる眩しい太陽の光が俺を目覚めさせ、体を起こした俺は、顔を洗ってすぐに三人分の朝食を作り始める。
朝食はベーコンエッグだ。作るのもそう手間もかからないので楽である。俺がちょうど二人分のベーコンエッグを作っている時、雫がリビングへと入って来た。
「おお。おはよう、雫」
「ん、おはよ……カイト……。もう朝食作ってるの?」
欠伸をしながらそう言う、雫。彼女の姿はパジャマで可愛らしい魚が何匹も、それぞれ左右を見ながら泳いでいるもの。そしてどうやら雫は大分朝に弱いらしい。まだ半分寝ぼけている部分がある。本当にいつもの雫と違う感じがして、どこか別人のようだった。
「ああ。別にこんな早い時間に家を出るつもりはないけど、遅い時間に食べて後々急ぐのも嫌だしな」
そう言ってるうちに二人目を終了。そして最後に取り掛かる。
「私も何か手伝うわ……」
口ではそう言ってるが、明らかに目が覚めていない。頭はどこか虚ろに動いていて、横になればすぐにでも二度寝を始めそうな感じが漂っている。
「いや。そんな寝ぼけてるのに料理をさせるのは少し怖い。だったら霧を起こしてくれ。そっちの方が助かる」
「……ん。わかった……」
そうしてノロノロとリビングを出て、霧の部屋へと向かう。本当にこれは雫の知られざる一面なのかもしれない……。
そして俺たちは六時半に食事をとった。うちから学校までは約二十分で着くので、八時に出ても間に合う。なので食事の後の少しの時間は、テレビを見たりしてのんびり過ごし、八時十分、俺たちは一緒に自宅を出発した。
「それにしても、昨日は楽しかったな」
朝のホームルーム前。雫は校門で自分のクラスの友人に声をかけられたのでそこで別れ、俺たちはいつも通りのクラスのいつも通りのポジションで喋っていた。
「そう言ってくれるとありがたい。こっちも誘った甲斐があった」
「いや、ホントに楽しかったぞ。やっぱり他人の家ってのは新鮮だよな。俺の家は洋式だから和風の畳部屋は、あることはあるけど、あんなに広い所はないからすごくよかったし」
なるほど。違う人の視点から見たら、俺の家のような和風の家は珍しいのか。確かに、最近は洋風の家が流行ってるし、住みやすいからな。
「そうか。それはよかった。こっちも食材減らしてくれたのにはかなり感謝してる。正直、俺はあんなの全部食いきれなかった……」
「ま、こんなことで感謝してくれるならいつでも呼んでくれ。俺の胃袋はまだまだ行けたからな」
そう得意げに霧は話す。だが、もう今回のようなことはないだろう。今回は本当に予期せぬ事態だったわけで。
「気が向いたらな。さすがに両親在宅の時はお前が気まずいだろうし」
「う……。お前の両親、俺は苦手だからなぁ。嫌いではないんだけど」
過去の俺の両親との苦い思い出を回想している、霧。ここでは割愛するが、霧と俺の両親が初めて会った時、あの二人が無礼講だったのを伝えておこう。
そうすると、高い音の始業チャイムが鳴り響く。そして時間ぴったりに教室へ入ってくる、俺たちの担任、白木愛菜。後ろを大きな髪留めで止めていて、その姿はモデルのようにすらっとしている人だった。
この人は毎日、生真面目にも時間ぴったりに教室に入ってきて、時間ぴったりに授業やホームルームを終わらせる。その整然さに、生徒たちから尊敬の眼差しを送られたり、一目を置かれたりしている女性教師であった。そして何よりルックスが美人であり、まさに完璧人間と言っても過言ではない。
彼女は入ってくると、色々な定時連絡が書かれた紙を取り出し、次々と内容を言っていく。
「はい。今日は持ち物検査があります。昼休み、各自のバックを調べるので、教室にいるようにしといてください。それと、委員会が今日の放課後あるので、各々が受け持っている委員のところに参加するように」
やはり全てきちっとした言動で話していく。しかし、内容については別段どうでもいいものばかりだった。まぁ学校の連絡でそうそう重要ってのはないものだけど。
「そしてもう一つ。重要な話があります」
そんなことを思っていたら、白木先生の口からその重要という言葉が発せられた。いったい何が起きたのだろう。どっかの平日が何かの理由で休みになるとかそういったものだろうか? それならさぞいいことだとありえもしないことを思ってみる。
「本日からこのクラスに、転校生がやってきます」
その美人教師は、俺たちの誰もが知らなかった事実をさらりと言った。
そしてそのせいで、クラス内が一気にヒートアップ。大騒ぎになる。
「おい。転校生ってお前知ってたか?」
前の席から霧が振り返って、目を輝かせながら聞いてくる。
「知らん。というか誰も知らないだろ。こんだけ大騒ぎするってことは」
誰もが周りの友人とああだこうだ話している。前から知っていればこのようなことにもなるまい。
「静かに。じゃあこの扉の外にいるので、入っていただきます。……さぁ、どうぞ」
と、まだほとぼりが冷めないまま、その人は入ってくる。
その姿に俺は背筋から震える。
艶やかな黒髪。柔らかそうな白い肌。そして、凛とした目つきをしている、その女性。「すげー美人」「お人形さんみたい」などと、周りからは色々な声が飛び交う。だが俺は驚きから声を出せない。
「さて、じゃあ自己紹介をしてもらえるかしら」
そう言って、その女子生徒は頷いて、チョークを持って自分の名前を書き始める。
その字も彼女の存在を表すような、固く、力強い文字。
そして書き終えたそれは、五文字の漢字とカタカナ。
「紅染リオンです。どうぞよろしく」
その鮮烈な名前に、俺はまた小さく震えた。