第六章 ~知らない・程~1⇔3
悲鳴のした方へ、少女は宿を出て走った。辺りは暗く、人の姿などは見えない。少女は自分でも分からない何かに背中を押されていた。
息は途切れ途切れに、ただ支えてくれたのは、彼女の恐怖を埋めつけた、その拳銃だけ。
そして、目指していた場所がそこにあった。
壁にもたれてしゃがみこみ、怯えている女性。そして、それを嘲笑うかのように見下げる男性。それを見て、少女ははっきりと分かった。
あれはあの魔女の同類だ、と。
「何だ、お前?」
男が少女の存在に気づき、振り向く。その濁りきった眼に視線をやると、少女は胃の中のものが込み上げてきた。
しかしそれを押さえこむ。そして身体を震わせながら、その拳銃を構えた。
それを見て、男は嘆息混じりの苦笑をする。
「ふん……。何の小芝居かしらないが、劇の練習ならどこかへ行け。子供には少し強烈すぎるぞ、これは」
そう言って、その男はナイフを取り出す。それを見た女性は最早悲鳴をも上げられないぐらいの恐怖を感じていた。
「女、悪いが……俺のために死ね」
そう言って、男はナイフをその女性へと振り下ろす。
同時に、激しい撃鉄が打たれる音がした。
言うまでもなく、それは少女の腕から放たれた銃声音。震える両手でそれを構え、肩で息をしながらそれを放った。
男はその音を聞いて腕を止めた。銃弾はそれたが、その男の気を女性から離すには十分なもの。そしてつまらなそうに、その少女を見る。
「ガキ。今、誰に向かってそれを撃った?」
少女はあの眼で睨まれる。先ほど以上に吐き気がする威圧がそこにはあった。それをも堪えて少女はまたその引き金を――引く。
そして、こんどこそそれは命中する。一瞬、男の身体が後ろへとよろめく。
もう一発。歯を食いしばってそれを撃つ。
さらにもう一発。
「――――」
肩を震わせながら、少女はその拳銃をしっかりと両手で握っていた。そしてその標的をしっかりと見据えていた。
終わった。また一人、人を殺してしまったが、自分は結局戻れない存在。ならばその罪が重くなろうと結局私は進むだけなのだから、これが正解。少女は自分の心の中でそう反芻した。
そう、それを悟ったその時だった。
重い衝撃が自分の喉に襲ってくる。そしてそのまま、地面に押しつぶされた。
「驚いたぞ、ガキ。まさか本当に撃ってくるとは」
それは先ほどの男。その男は少女の首を鷲掴みにして地面へと押し倒していた。
なぜ、という疑問が少女の頭にこびりつく。
そして、まさか、という驚愕が少女の顔をこわばらせた。
「だが相手が悪かったな。不死身の相手にこのような鉛玉など、粘土と同じだ」
不死身。聞きたくなかった単語が、男の口から発せられた。
同じだった。この男は、自分と同じ場所にいる化け物だった。
「ふむ。お前は一度、俺と同じ体験をすべきだな」
そう言って、男は少女の手から無理矢理拳銃を奪い取る。そしてそれを頭に近づける。その表情はあまりにも不気味な笑み。
「死ね」
一言、そう言い放ち、その銃声を鳴らした。二発、そして三発。
その隙に襲われていた女性は逃げようとしたが、男はそれを察知して、女の方に銃を向ける。
「逃がさないぞ、女。お前は俺の今日の獲物と決めているのだから」
男の頭の中では少女はもういない。完全に仕留めたと感じていた。
だから男は、少女が目を見開いて男を睨みつけているのを見た時、一瞬目を疑った。
「な……お前。まさかアンデッド……? そうか。お前も俺と同じ者か。ならばなおさら俺の邪魔をするとは遺憾だな」
そう言って少女の首を絞めていた手をさらに強く握りしめる。さきほどの拳銃の痛みはさほどなかったのに、これには少女も苦しみを覚える。
「アンデッドはアンデッドの攻撃でもダメージを負う。お前が先ほど俺にあの鉛玉で攻撃してきたのを見るに、お前はまだ、その不死身の身体を手に入れてから間もないな? 折角手に入れた不死身をこんなところで失うとは。ガキ。お前、賢くないな」
そう言って、更に強く握りしめる。苦しい。激しい痛覚が少女を襲った。
今度こそ、自分は死ぬんだ、と薄れてゆく意識の中で感じ取る。
「こいつは思わぬところで見つけた」
その瞬間、轟いたのは別の銃声。しかし少女のよりか威圧的で、重みのあるもの。
「な……」
そして不死身のはずのその男は吐血する。それと同時に、少女の首を絞めていた手も緩んだ。
「そこを退け、アンデッド。次は眉間を貫く」
「誰だ……?」
重く響く声。高く鳴る足音。その主は黒い、外套のようなコートを羽織って、銀色を鋭く煌めかせ紅い布を取っ手に巻いた拳銃を構えていた。
「まさか、アンデッドバスター……。くそっ、今日はよく邪魔の入る日だ」
悪態をついて、その男は逃げ去る。それを現れた男はただ見ているだけで、追おうとはしなかった。
その男が逃げ去ると、女もすぐに立ち上がって必死に逃げた。それを外套の男はやれやれと溜息をついて銃をしまう。
残されたのは少女ただ一人。おびえながら、その男を見た。そして刹那、少女は思った。殺される。さっきの男と同類の自分はあの不死身ですら死に送れる銃で頭を撃ち抜かれる、と。
逃げたいのに逃げられない。少女は恐怖や疲労、様々な要因からそこを立つことすらできなかった。
そして男は近づいてくる。少女は目をつむった。それが唯一できた逃避だったから。
音だけが聞こえた。鳴り響く足音だけが。そしてその少女の近くでそれは止まった。
長い、少女にとって永遠に感じる時間が流れた。その時に耐えられなくなり、少女は恐る恐る目を開ける。
そこには差し出された、大きな手のひらがあった。
「立てるか?」
その時、何を思っていたか分からない。ただそこに温かい手のひらがあって、少女はそれを感じたくて、ただその手をとっただけなのだ。
そして立ち上がると男は無言で背中を向けた。翻したそのコートには赤い紋様が描かれていたの少女はその眼でとらえた。
「ついてこい」
ただ一言。男はそう言って歩き出す。少女は戸惑ったまま、その場を動かない。
「でも、私は……」
「言うな」
一喝。男は歩を止め、顔だけを振り向かせて少女を睨む。
「道が知りたいなら俺についてこい。たとえ、今、お前が外れていても、意志があるなら、お前の道をまた見つけられる」
再び歩き出す、男。その背中は全てを悟っているもの。
何も分からなかった少女。それでも少女は一つの道標をそこに見つけたと感じた。