表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/67

第六章 ~知らない・程~ 1

 三十分ほど経ったのだろうか。

 刺された肩から血が流れて、腕が冷たくなってきている。電球一つしかないこの部屋はおそらく地下室なのだろう。出血のせいもあるのか、日も全く入らないここは鳥肌がたつほど寒かった。

「……はは……まさか担任の教師に殺されそうになってるとはな」

 所詮はほとんどタニンか、と戯言をはいてみる。

しかしこれは本当にまずい気がする。出血は止まらず、腕の感覚など、もはやあるはずがない。

 迂闊だった。まさか愛奈先生がアンデッドだったとは。

「それにしても、一体あの人は何処へ行ったんだ……? 何か苦しそうな顔をしていたが……」

 俺に顔を近づけた瞬間、愛奈先生は急に血などを吐き、苦しみながらこの部屋を出て行った。いや、俺の血を舐めた後か……。

「何が起きてるかは神のみぞ知るか……。神様も少しぐらい教えてくれてもいいのにな」

 こんな、もう少しで死にそうな身なんだから。

 すると、扉の向こう側から足音が響いてくる。おそらく愛奈先生が戻って来たのだろう。それにしてもやけに早い足取りだ。駆けるようなテンポでこちらに向かってきているようだ。

 そして、とてつもない勢いでドアが開かれる。

「――カイト!」

 そこに入ってきたのは、俺の予想を裏切る人物だった。

「……紅染?」

 紅染リオン。俺が探していた人は、そちらから俺の方へとやってきた。

「お前、どうして……」

 ツカツカとこちらに寄ってくる、紅染。俺の肩の傷を見る。

「話は後。カイト、すごい出血が酷いわ」

 そして、持っていた槍で俺を縛っていた鎖を切断する。ようやく自由に手足を動かせるようになり、張り詰めた緊張も緩んだような気がした。

「ありがとう、紅染」

「いいえ。そんなことより、とりあえず、上脱いで。私、あんまし医療系の分野には詳しくないけど、応急処置ぐらいはできるから」

 手足が自由になった分、またさらに肩の出血は増していた。紅染は何処から出したのか、包帯を手に持っていた。

「……ああ。わかった。お言葉にあまえさせてもらうよ」

 正直、さすがにこれはやせ我慢をしたら、まずいと思った。それほどまでに、腕の感覚がないのだ。

 俺は上着を脱いで、傷ついた肩を紅染に包帯で巻いてもらう。

 無言で、一所懸命に、紅染はそれを行っていた。

 その静寂に耐えられなくなり、俺は口を開く。

「なぁ、紅染。お前、どうしてここに?」

「……始めから、この屋敷には来るつもりだったのよ。ここの存在も大分前から知っていた。でも結構頑丈な結界が張られてて、近づこうにも近づけなかったのよ。だけど昨日、セレナ・ブランアルベルとカンナ・ブランアルベルが死んで、この屋敷かかっていた結界が緩んだから今日を狙った。でも、その前に誰かさんが捕まっていたのは予想外だったけどね」

 紅染は苦笑しながら作業を続ける。よく見ると、紅染もところどころ怪我をしている。

「お前がここに来ていてこんなことを聞くのも野暮だが……その、先生は……」

「……殺したわ」

 平々淡々にそう答える。

「前から知っていたのか? 先生がアンデッドだったこと」

「ええ。入学してきた時からね。向こうも気づいていたらしいけど、その後は腹の探り合い。自分自身の存在がばれているか、ばれていないか。ばれていなくて迂闊な行動をとってばれてしまったら、身の危険をさらすことになる。それはどちらにとってもマイナスだからね。だから互いに学校では何もアクションを起こさなかった」

 それは一種のジレンマだったのだろう。そして屋敷の結界が解除されて来て、お互いに知っていたことを知ることになったのか。

 しっかりと、それでいてあまりきつくないように、紅染は包帯を巻いてくれた。おかげで幾分肩が楽になった。

「さあ。これで大丈夫よ。さっさとこっから出ましょう。ここは、あまりぞっとしない空間だわ」

 そう言って、紅染は歩きだす。だが、俺はそのまま立ちすくしたまま。

「? どうしたの、カイト?」

 不思議そうに、紅染は振り返ってくる。

 一つの疑念を払拭したいがため、多分、ここを出たらはぐらかされて終わってしまうと思ったから、俺はこの場ではっきりと聞く。

「紅染。昨日の話の続きだ。お前が……アンデッドだってことについて」

 紅染の瞳孔が開く。無理もない。俺の行為は、再び紅染との距離を離そうとしているものなのだから。

「……昨日も言ったでしょ。それは事実よ。私は化け物。貴方とは別の場所にいる、救われない異端」

「俺が聞きたいのはそんなことじゃない。お前がどうしてアンデッドなんかになったかだ。そして、どうしてアンデッドバスターになったのか」

 その質問に、紅染は無言になる。不躾で無遠慮な問かもしれない。その立ち位置をさらに遠いものにする問かもしれない。

 それでも俺は――

「知りたいんだ。俺は、どうも、お前が欲望にまみれた人だったとは思えない」

 心の底から紅染を蔑むことができなかったから、そう言った。

「……」

 紅染は黙って俯く。そして少しの沈黙が流れた後、その声が、この室内に響き渡った。

「……遠い、昔話よ……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ