第五章 ~枯れない・時~ 4⇔3
これは幕引きの話。人知を超えた二人が織りなす、最後の演舞。
だからこの演目は、もっとも美しく、もっとも過激で、もっとも凄烈である。
観客のいない、闇の舞台。その始まりは、紅染リオンから。
「――――」
無言で突っ込んでくる、リオン。真正面のなんでもない槍を構えた突進。
それを先ほどのようにピックを紅染リオンの進むルートに投げて、それを妨害しようとする。
だが、問おう。次の駅に向かおうとする列車は、些細なことでその走りを止めるだろうか?
勿論、否。
「――――」
槍を地面につけ、跳び跳ねる。つまりは棒高跳びの要領だ。
宙を浮き、回転する身体。それを撃ち落とすために、アイナはさらにピックを投げつける。
無論、止まるはずのないその身は、どのようにしてか、そのピックを逆に討ち落としていく。
着地。近づく。残り、零距離。
「――――!」
そして、一閃。その一撃は、アイナ・ブランアルベルの左肩を貫く。
「ぐぁああああああああああああああああ!」
さらにそれを引き抜き、勢いをつけてその矛先を斜めに落とす。
だがその攻撃は、さすがに見抜く。槍の下をくぐるように、それを避ける。そして右手に持っていたピックを脇腹に刺しこもうとした。しかし、身体を捻り、避けて、また一薙ぎ。今度はそれを槍の上を跳び越えて避ける。
だが今度は避けるのを許さない。その無防備を狙い、柄の方で腹部を突きつける。
この攻撃を防ぐ術など、アイナはない。ただそれを受けるだけ。
軽々とその体は飛んでいく。壁に叩きつけられて、ようやくその勢いが止まる。
「ぐっ!」
左肩の痛みが走る。一拍置いてから立ち上がろうかと考えるが、そんな暇さえない。リオンはすぐにその間合いを詰めてくる。
二本のピックを取り出す。その攻撃を受けるため、アイナは地に腰を下ろしたまま構える。まともに受ければ防げないものではないと、アイナは悟っていた。
しかし今の彼女は予想の範囲を遥かに超える人物。次の行動は、普通ではありえない一手。
「――」
瞬間、上空へと舞い上がる。そして、その重力を利用して、墜ちていく。
紅が闇に線を引く。その一撃はまさに全身全霊をかけたもの。
穿ち刺すのは腹。止める間も、術もその攻撃にはあるわけがない。
そして、それは見事、アイナの腹部へと、一切の干渉を許さず、行きわたる。
「がはっ!」
血を口から吐く。一生の内で体験したことがない痛みを感じている。それでも死なないアンデッドの延命力は大したものだろう。
だが次のリオンの一言で、全ては決した。
「――ガイウス・カシウス」
終始無言だったリオンは、ただその言葉だけをはっきりと発声する。
それと同時に、アイナを貫いていたロンギヌスが、またさらに紅みを増していく。
「え――」
驚嘆の声を漏らす、アイナ。なぜなら、その五体から、徐々に、潤いが消えて行っているからだ。
「ちょっと、なによ、これ。私の、私の血が……」
ガイウス・カシウス。穢れた血はその槍に集められ、排出する。完全なる浄化。この槍にはそんな力がある。
「そんな……私の美が……私の美しさが……消えていく……。貌も……カサカサに……乾いて……水……血……欲しい……誰か……私の……美を……お願い……奪わないで……私の……永遠の……美を……や……だ……美……が……ぁ――あ」
欲望に満ちた断末魔を残響させて、アイナ・ブランアルベルは死んでいく。
彼女の最後の望みも、彼女を不老不死たらしめた衝動の美という不適格概念であった。
「――――っ……」
意識が戻る、紅染リオン。理性と本能の狭間。彼女は曖昧な場所に自らを投じ、その力を発揮していた。故に、疲労はとてつもない。ゆっくりと息を整えて、枯れ果てたアイナの姿をじっと見つめていた。
曖昧で、不確定な美というもの。
それを永遠にするために、彼女はアンデッドになった。
「まるで――浅はか」
価値は転換する。その変化をなぜ考えなかったのか。永遠というのは、カワラナイからこそ、永遠だというのに。
「最後まで、欲望に忠実だったわね、アイナ・ブランアルベル。それでこそアンデッドよ。だから私は、貴方達が大嫌いだわ」
罵言を吐き捨て、その場を去ろうとする。
しかし欲望に枯れたその白い木は、リオンにとって美しいものと感じた。




