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第五章 ~枯れない・時~ 4⇔2

 まずは左腕を刺す。その激痛に、リオンは歯を食いしばりながらこらえる。

 流れ落ちるその赤は、絨毯の赤と同化していく。

「所詮、この程度とはね。貴方を警戒していたのは、どうやら見当違いだったわ」

 刺しているピックをさらに押しこむ。

「――ぁ」

 その痛みで、つい声が漏れてしまう。

 覗き込むように、アイナ・ブランアルベルは狂気じみたその顔をリオンの顔に近づける。

「どう? 痛いかしら? もっと泣いて、叫んで、嗚咽してもいいのよ? 我慢することはない。耐えることにどんな意味があるの? 人間は欲望の生き物よ。我慢なんてその性を否定してるようなものじゃない。だからもっと泣きなさい!」

 またそのピックを押しこんでいく。それでも、リオンは固く口を閉ざす。そしてありったけの侮蔑に満ちた笑みを見せながら、その視線をアイナに向ける。

「…………変態鬼畜サディスト」

 その言葉を聞き、アイナはさらにそのピックを深く体内へ沈めていく。

 痛みに顔が歪む。徐々に意識が薄れ始めていくのが分かった。アイナは不敵に笑いながら、さらにもう一本、新たなピックをとりだす。

「なかなか、しぶといわね。いいわ。貴方が死ぬのが先か、声を上げるのが先か、少し試したくなったわ。どちらにしても、死ぬことに関しては確定だけどね」

 次に狙うは右肩。ゆっくりと血のついたピックを近づけていく、アイナ。

快楽。その感情が、彼女の心の中を占めながら。

 

「――使いたくなかったわ」


 突然、紅染リオンはそう呟く。それを聞いて、アイナはその動きを一端停止する。

「何が使いたくなかったのかしら? 貴方の命を、こんな所でってこと?」

「違うわ。ただ、『世界を制する力』をこんなところで使いたくなかったの」

 アイナ・ブランアルベルには理解できない。彼女が何を言っているのかを。

「世界を制する?」

「そうよ。貴方は知らない」

否、当然、知るはずなどない。

「私が西の地で怖れられ、異名までついてしまった理由を」

 そして、リオンの右手に握られていた大槍が異様な赤光を放つ。

 アイナはその突然のことに、一度、身を後退させる。

「な……」

 その赤光は、リオンの身体にも纏わりつく。

 『西の聖職者』

 約百年前、西のある地で一国を支配しようとした約五百ものアンデッドの集団がいた。その時のほぼ全員を討伐した女性アンデッドバスターがそこには存在する。

 『紅の聖槍使い』

 そして彼女持つ武器は、紅い大槍。古代ギリシャ語で「槍」を意味するその武器の名は、表の顔。いわばその武器には裏がある。

 かつてその槍に魅せられた者がいる。その者は槍を見た時から、胸に世界を手中に収めたいと思う野望がわいてきたという。

 曰く、その槍は所有するものに世界を制する力を与える。彼女の武器はそのような代物。使う人が武器を操るのではない。武器がつかう人を操るようなもの。つまりは理性と引き換えに、莫大な力を得る。

 その槍を手に、彼女は敵を討ち倒していった。ただ、倒すだけ。それだけを頭に埋め込み、ひたすら戦い続けた。そして紅い聖槍は、アンデッド達の畏怖の対象となった。

 福音書にもその名を刻む聖槍。

 この世界に、聖槍ホーリーランスと呼ばれる一物などこの武器しかない。

 そう、その大槍の名は――

「――ロンギヌス」

 夥しい紅が、身体を染める。ロンギヌスはその穂先から、血を滴り出している。

「な、なによそれ……。聞いてないわよ」

 困惑する、アイナ・ブランアルベル。その場の空気は異常だった。そこにいる紅染リオンという少女は、何か別の存在へと変わっていた。

 鎖の輪が一つ一つ壊れていく。彼女の自由は今取り戻された。

「そんな……私の結界が、壊されていく……?」

 紅染リオンは、鋭い双眸をアイナに向けた。

 まるで獣。血に飢えた野獣に似過ぎている。

「……」

 無言で槍を持ちながら立っている、リオン。

 その身はもう、考えることを止めていた。

 『倒す』ことだけを考えて、彼女は存在している。

「――……!」

 眼光一閃。それだけで、そこの空間が揺れたような気がした。

 勝てない。アイナ・ブランアルベルは本能的に悟る。

 コノアイテニハ、チカヅイテハイケナイ。

「……馬鹿を言わないでよ……。私が、引くわけないでしょ!」

 アイナはピックをまた取り出す。そう、この戦いは必然事項。だから退くわけにも、逃げるわけにもいかないのだ。

 だがリオンはそんなことに興味などない。敵が逃げれば追って倒すし、向ってくるなら全力で倒す。ただそれだけなのだから。

 日は沈み、闇の空間。

 まるで、紅染リオン自身、沈んだ陽の光のようだった。

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