第五章 ~枯れない・時~ 4⇔1
攻撃はアイナ・ブランアルベルから。巨大な釘のようなピックを、剣先向けて投げ放つ。
紅染リオンはそれをひと薙ぎ。槍を回してうち払った。
そして、一気に間合いを詰めるため、床を強く蹴る。
「いいのかしら? そんな馬鹿みたいに突っ込んで」
そう言って、どこからかまたピックを取り出す、アイナ。それを威嚇するようにリオンが通るルートの地面に突き刺し、その猛進を防ぐ。それを見たリオンは急ブレーキ。身を空中に送り後退する。
「隙だらけ」
二本のピックが大槍の主を狙い打つ。空中に身を委ねているリオンはそれを避ける術はない。だが、
「はっ――」
それを防ぐ能力は備わっている。槍の中間を持ち、それを柄と槍頭の両端を使い払いのけた。二つのピックは地面に突き刺さる。それと同時にリオンも地面へと着地した。
「……貴方、どういうつもり? 所詮こんな武器じゃ私に傷一本つけられないわよ」
そのピックは確かにアンデッドバスターや人間を殺すには使えるもの。しかし紅染リオンは例外なるアンデッドバスター。
「ああ、そうだったわね、同胞殺し。貴方はバスターである前に、私たち同じだったわね」
まるで、その言葉を待っていたかのように、彼女のことを見下して言った。
「口が滑らかね、アイナ・ブランアルベル。うるさいからそれ、今から斬るわ」
リオンは槍を下段に構えて、もう一度走り出す。そして遊ぶように、アイナはまたピックを投げ捨てる。だがそのピックは見当違いの場所へと飛んでいく。リオンの遥か後ろ、室内の奥へと。
「はぁっ!」
構えていた槍を、天井を砕くように振り上げる。それを皮肉気な笑みで、またピック二本を取り出し、防ぐ。
せめぎあいが数秒続く。力勝負と見えたその拮抗だが、それは間違いだった。
「刺し穿て」
アイナの周りには無数の、血が付着されたピックが浮いていた。それを見たリオンは、すぐに後ろへと下がる。
そして、それらは一斉に解き放たれる。
鋭き針を携えて獲物を狙うそれはまさに蜂。その狂気は、敵とみなした者を破壊する。
それを紅染リオンは槍を振り撃ち落とす。しかし、その勢いは止められない。幾つかのピックが身体を切り刻む。幸いまともに突き刺さったものはない。しかし、それでも確実に紅染リオンは傷を負っていた。
「そうか、血……」
「混沌血漿。反発しあう私の不死の血を塗ったピックなら貴方を貫ける」
アンデッドに傷をつけることができるのは聖装備。そしてもう一つ、同じアンデッドの直接攻撃あるいは魔法である。なので武器などは基本的に傷を負わない。しかし、そのアンデッドの体の一部である血液を武器に付着させて入れば、それはアンデッドに傷を負わせられるものになる。
無数の赤いピックが地面に突き刺さっている。床の絨毯はひどくボロボロになっていた。
「『西の聖職者』、『紅の聖槍使い』、ねぇ……。異名がついてるぐらいだから、なかなかのてだれだと思っていたけれど、とんだ拍子抜けね。これなら雨地さんと雨地くんの方が実力的には上なんじゃないのかしら」
アイナは紅染リオンの傷を見て、不満そうに言った。自分を殺そうとしているアンデッドがこの程度の人物だったとは、と落胆した。
「この程度の不意打ちでいい気にならない方がいいわ。戦いは始まったばかりよ」
血が流れるのを無視して、もう一度構えを作る。アイナ・ブランアルベルは鼻を鳴らして、その姿を白むように見た。
「この程度を不意打ちと言うなんて、貴方にはやはり拍子抜けだわ。始まりなんてない。これで終わりにしてあげる」
すると突然、リオンを囲むように、地面に刺さっていた何本かのピックが光り始めた。それはまるで何かの紋様。その一本一本から放たれる光が繋がっていき、一つの円陣を形成する。
リオンはその異変に気づいて、ひとまずその場から逃げようとする。
「無駄よ。遅い」
円はさらに光を増し、その紋様をクリアにした。
それは捕縛の魔方陣。その女郎蜘蛛が得意とする神秘の一つ。
そのサークルの中から、鎖が伸びる。
一本目は右腕に。
二本目は左足。
そして、右足、左腕、両肩に鎖は巻きつかれ、完全に、リオンは身体を捕らわれた。
「くっ――」
不覚。紅染リオンは自身の失態を悔やむ。
その姿を見て、アイナ・ブランアルベルは声高らかに笑いあげた。
「さあ、貴方はもう逃れられない。安心しなさい。すぐには殺さないわ。たっぷりと可愛がってあげる」
荒れてしまった部屋の中、太陽は徐々に落ちてきていた。