第五章 ~枯れない・時~ 4⇔
久々に感じる痛み。アイナ・ブランアルベルは歯を食いしばってそれに耐えていた。
内側から、まさに細胞が破壊されていくような、そんなイメージ。
「イタイ……。イタイ……」
唇の横からその血が滴り落ちていく。口内の感覚はもはやほとんどない。
そして込み上げる胃の中のものが、閉めていた口をまた開かせた。
「どうなってるのよ……これ。不老不死の私が、何でこんなに痛いのよ……」
先ほどの部屋は地下にあった。そこから懸命に階段を上がり、エントランスへとやってきた。そして、その部屋の端に置いてあるアタッシュケースに手をかける。
震える手の中、それを開ける、アイナ。そこには無数の血の入った注射器が、陳列されていた。
「……とりあえず、これで、なんとか」
注射器を握りつぶすように持つ。もはやなりふりなど構っている暇などない。勢いよく、針を腕に刺す。そして、その血を流しこむ。
「――――はっ、はぁ――――」
愉悦の声を漏らす。徐々に痛みが消えていくのが分かった。それでも、やはりどこか鈍い痛みが残っており、また一本、また一本と腕に刺しこんでいく。
「はあ――はぁ――っ」
安堵のため息を漏らす。ようやく、その痛みから解放されて、気が抜けた。
「っ――いったい今のはなんだったの……? なぜ私の身体が侵食されていった……」
不老不死、不死身であるアンデッドには、あらゆる物理攻撃などは効く術がない。また、薬物およびウイルスにもそれは当てはまる。アンデッドの危惧すべきものは、その天敵、アンデッドバスターの持つ聖遺物、また、同じアンデッドからの攻撃だ。
なら、なぜ、アンデッドであるアイナ・ブランアルベルは、先ほど、あのように細胞自体にダメージを負ったのか。
「ありえない。私が……不老不死の私が血を吐いて、痛みを感じるなんて」
アイナ・ブランアルベルはその時驚いていた。その理解不能な事態において。
しかし、それは束の間のことだ。
コツ、コツ、コツ。
その音にアイナ・ブランアルベルははっとする。振り向いて見ると、玄関の扉が開いていて、そこから赤い光が差し込んでいる。
コツ、コツ、コツ。
眩しい。昼に活動をしていたアイナにとって、その光りは大したものではなかったが、なぜかとてつもなく目がくらむ。
コツ、コツ―――カッ。
そして、その音は止まる。
紅く染まりしその空間は、その槍を持つ女性にこそふさわしい。
「……やはり、来たわね――紅染リオン」
陽を背に受け、眼を閉じている、紅染リオン。ゆっくりと、彼女はその瞳を露にさせる。
「いつから、気づいていた。私やこの屋敷のこと」
「さぁ、いつでしょうね。多分、貴方が考えている時よりかは前だと思うわ」
「……ようするに。腹の探り合いだったってわけね。見る限り、貴方のは相当黒いと見たわ。始めから私たちが何処にいるのか分かっていて、それでいて私を見逃してきたのだもの」
「それを言うなら、あの時の転校時初めての顔合わせの時、「最初は慣れないけどそんなのすぐに関係なくなるわ」って言った貴方の方がよっぽどドス黒いわよ。関係なくなるって、要は自分が殺すからってことでしょ?」
交わる視線と皮肉。それは始めからこうなることを知っていた者同士の会話。
そう。この戦いは、それぞれが見定めていた、必然事項。
「ここに来たのは、何? 愛しの彼を救うためかしら?」
「……」
俯くリオン。固く結んだ唇は小刻みに揺れて、何かを言おうとしている。
そして、もう一度、固く口を閉じて、その反動で言い放つ。
「ええ。カイトを助けようとする意志がないと言ったら嘘になるわ。どこかで、狂ったのかもしれない。私が、こんなことを考えるなんて……」
そして、勢いよく槍を構える。紅く塗られた矛先は、陽の光でさらにその輝きを増している。
「……夕暮れ時の決戦、ね。いいわ、悪くない。こんな素敵な、血のような紅をバックに戦えるなんて」
そう言って、アイナ・ブランアルベルはコートから二本のピックを取り出す。凶器のような眼でリオンを睨みつけながら。
しかし、紅染はそれ以上の威圧で、堂々とその言葉を言った。
「そう? 私は好きじゃないわ、この夕焼け空」