第五章 ~枯れない・時~ 4
更新が遅れてすいませんでした。
また、通常通り掲載していきます。
目を覚ます。気分は意識がない間はよかったのだろうが、自分が置かれている状況を把握すると最悪になった。
両手には枷。首には首輪。何もないそこは牢獄だ。いや、それより性質が悪い。
なにせ壁一面に赤い血がべっとりと張り付いていて、それが異様に鼻につく。死の匂い。そのような形容がしっくりくる。
「おはよう。九重くん。目覚めはどうかしら」
電球しか明かりのないその暗がりの空間から、聞き馴れた声が聞こえた。
「……白木先生。あんたが、アンデッドだったのか……」
それに白木 愛奈は口元を歪める。気味の悪い笑い顔は、あのセレナ・ブランアルベルとよく似ていた。
「その通り。私はアイナ・ブランアルベル。ブランアルベル家の長女。不老不死・不死身のアンデッド」
油断していた。まさか学校内にいるこんな身近な人がアンデッドだったとは。
逃げだそうにも両手はしっかりと繋がれている。俺はできる限りの威嚇をその視線に乗せる。
「……何でアンデッドが教師なんかをやっている? アンデッドは昼が苦手なはずだろ。そんなリスクを背負ってこんなことをやる意味がない」
「ベラベラとよくしゃべるのね、貴方は。まぁいいわ。貴方は私の教え子。特別に優遇して、その命を少しだけ存命させてあげる」
白木先生は後ろに着けていた髪留めをゆっくりと外す。黒い髪、白い肌。それは大和撫子と言うにふさわしいのだろう。だが、今の俺には死神にも見えたのは確かだ。
「私がなぜ、昼に教師をやっているか。それは『美』のためよ」
「美?」
「ええ。そして、私は『美』のためにアンデッドになった。私は昔からその美しさ故に周りからもてはやされてきた。美人だ。美しい。まるで花のようだ。男たちのそんな声に酔いしれたわ。でもね、美は永遠じゃないの。時間と言う無限のものが、私の美を有限にする。嫌だった。私はそれが嫌だったのよ。私の美貌が、そんな目に見えないものに壊されていくなんて。だから私は必死に探した、この美を永久に保つ方法を。そして、見つけたのはアンデッドという不老不死の存在。名前を聞いただけでもぞっとしたわ。老い知らない上に死なないなんて。私はある一人の方に頼んで不老不死にしてもらった。二人の可愛い姉妹と一緒にね。そして私は手に入れた、永遠の美を。でもね、美って言うのは周りから評価されて初めてその価値を高めてくれる。夜に出歩いてもさほど評価してくれる人は少ない。だから私は昼に仕事をして、周りの人に見られようと思った。アイドルとかは目立ちすぎる。だったらたくさんの若い血が採れて、あまり外に赴かない仕事といえば何かと思って、私はこの仕事に就いた。まさに一石二鳥。若い血も接種できて、たくさんの人に見られる。こんなおいしい仕事なんてないじゃないの」
饒舌に、今までのイメージを気持ちいいほどに壊すように、白木先生はしゃべった。
美のため。そんな自らの欲望にまみれた理由で、彼女はアンデッドになった。
俺は心臓が鼓動する。
「……じゃあ、最近起こった行方不明の事件は……」
「もちろん私よ。最近では笹江くんが最後だったかしら。彼はすぐには殺さないで二日ほど痛めつけて殺した後に、血を採取したわね。ほら、そこにある赤い血痕。それが彼の物よ」
その発言に怒りが込み上げてきた。この人は、人間じゃない。その事実をさらに色の濃いものにさせていく。
「久々に、いい血が味わえそうね。やっぱりしっくりくる血とそうでない血はあるのよね。しっくりくるのはおいしい血。そうでない血は不味い血。貴方のはとってもおいしそうだわ」
どこからか、鋭いピックを出す。その先端を俺に向けている。
「まずは肩から。さっきも言ったように、貴方は私の教え子だから特別に少しだけ延命させる。……もちろん。痛めつけるようにね!」
ザクンと一突き。肩を勢いよく刺してくる。それに俺は大きな悲鳴を上げる。その声は反響して、部屋の中に木霊した。
「いいわね。いい声。授業の時もそんな声で発言してくれればいいのに」
そのピックを俺の肩から抜きだす。ドクドクト血が出てくる。傷口を抑えたくても手が使えない。
「綺麗な色をしているわ。でも、まだ血は採らない。もっと絶望を与えてから抜き出してあげる。……でも、ホントにいい色だわ」
その傷口に顔を近づけてくる。恍惚の表情をした白木先生は、誘惑するように俺の顔を覗き込んでくる。
「痛そうね、九重くん。けど、嘆願しても放してあげない。貴方は私の妹達を殺した人たちの仲間なのよ。だから、残念だけど、貴方に助かる術はないわ」
そう言って、カイトの肩を一舐めする。滴る血を、その舌に運ぶ。俺を嬲るように、この人はそんなことをしてくる。
俺のそんな苦しい表情を見て、白木先生は楽しそうに笑っていた。
が、それも、一瞬だった。いきなり、その人は口から血を零す。
「え……?」
驚きは俺と先生、どちらのものだったのか。苦しみを伴いながら、彼女は血を吐き、嘔吐をする。
「――が、はっ! げほっ!」
吐瀉物が床にばらまかれる。その光景に俺は何が起きているか分からない。先生は地面に手をつきながら、俺を睨みつけて叫びだす。
「貴方、何をしたの! 中から細胞が壊されていく……。血に何を仕込んだの!」
必死にそう言葉を放って、また、嘔吐。どうやら、俺の血を舐めてそうなったらしい。俺にも、何がなんだかわからない。そして先生はぜいぜいと息を荒げながら、立ち上がる。
「とにかく……今は血を注射して体の回復をしないと……。貴方の始末はその後よ」
身体を引きずりながら、白木先生は、その部屋から出て行った。
突然すぎる出来事に、俺は頭が混乱していたが、その肩の痛みの衝撃で俺は意識を失ってしまった。