第一章 〜死ねない・君〜 4
雫の料理の腕は素晴らしかった。俺もだてに何年も料理をやってきていないわけだが、雫はそんな俺をはるかに凌ぐ。
包丁さばき、調味料を入れるタイミング、そしてハンバーグをこねる力加減。まさにパーフェクト。百点必至の最強料理人である。
「流石。あの兄貴を世話する妹だ。凄い腕前じゃないか」
そう言うと、ちょっと照れながら調理を続ける。
「ハンバーグぐらいでそんなこと言われてもね~。まぁ小さい頃から料理をやってるからそれなりの自信はあるわよ」
「へぇ。じゃあお母さん直伝とか」
何となくそんなことを聞いてみる。霧と雫の両親は確か海外へ出張しているらしい。なので今現在は二人で生活しているが、普段は違うのだろう。おそらく料理もその両親に教えてもらったに違いない。
「……」
しかしなぜか返答が来ない。俺は調理の手を止めて雫の方を見る。
すると、雫はどこか遠い目をしていた。
「雫?」
「へ……? ごめん、ぼーっとしてた」
そう言って、笑って取り繕う。明らかに今の雫はおかしかった。いつもはそんな、ぼーっとするやつじゃないのに……。
「さて、できたわ。カイト、お皿はどこ?」
と、タイミングよくハンバーグが出来上がる。見ると程よい色合いのそれは、とてもいいにおいを発していた。
「その食器入れの奥だ。うん。これは今まで作った中で一番のハンバーグかもしれないな」
真面目にそう思う、俺。これも雫の助力があってのことだろう。
「お? できたのか?」
そう言って、のっそりとキッチンを覗いてくる、何もしていないやつ。そのにおいを嗅いで「ああ」なんて感嘆の声を漏らしていた。
「兄さん。盛り付けがまだなんだから、まだあっちで待ってて」
「はいはい。わかりましたよー」
そして、またのそのそとリビングでテレビを見始める。こいつは犬か何かか?
「さぁ。最後の仕上げをやっちゃいましょ」
「ああ。そうだな」
そうして、一時間。ようやく料理が完成した。
食事は八時に始めることができた。そうして行った三人での食事は、学校のことや、最近の身の回りのこと、つまりは他愛のない話をずっと続けて、箸を進めていた。
別段特別でもないこの時間。俺は本当に楽しいと感じていた。
結局、食事が終了したのは九時。食べ終わった霧はまたテレビへ。……というかホントにこいつは何もしてないな。そして俺と雫は食器の片付けを始めていた。
「んー。明日は学校が近くてホント助かるわ」
かちゃかちゃと食器を二人で洗っていると、雫が突然そんなことを言ってくる。なるほど、そういえばそうだ。霧と雫の自宅は学校から駅五つ分の所にある。対して俺の家から学校は徒歩でも十分あれば行ける所。
「いや、それにしても悪かったな。明日学校あるのに泊まっていくように言っちゃって」
よくよく考えたらホントに申し訳ないことをしたなと思う。翌日が休日ならまだしも、次の日に授業があるというのは、疲れも溜まって辛いだろう。
「ううん。まぁこういうのも青春って感じでいいんじゃない?」
雫はそう笑って言う。
青春か。その一度きりの時間を、今現在無意識のうちに俺たちは駆け抜けている。
だけどそう思っても実感がわかない。多分その道は、ゴールしてようやく気付くのだろう。その走りきった道は、とても短いものだった、と。
だから俺は今日、二人を誘ってよかったと思う。だって、こんなに楽しいと思えてるのだから……。
――それでも、それは、埋まらない――
はっとする。急に頭によぎる言葉。そして明確すぎる違和感。
なぜ。どうして俺は、今、そんなことを思ってしまったのか。
「ちょっと、カイト? 手が止まってるんだけど」
「え……、あ」
雫に話しかけられて、自分がずっと目の前を、呆と見つめていたことに気づく。今日の俺は、どうやら少しおかしいらしい。
「わるい、少し考えごとしてた。それと、もういいぞ、雫。あとは俺がやっとくから。寝る準備とか色々してくれて構わない」
「いいわよ。ここまでやったんだし、全部手伝うわよ」
「いや、いいんだ。今更だがそっちが客なのに、こういうのやらせるのは俺の気がひける。お前も霧のずうずうしさを今は見習ったほうがいいぞ」
そう言って、さきほどのように霧を見てみると、今度は畳の上で爆睡していた。
「前言撤回。あそこまではしなくていい」
そうすると雫はクスクスと笑って、頷いた。
「わかった。じゃあお言葉に甘えるわ。また何か手伝うことがあったら言ってね」
そしてキッチンから出ていった雫は、霧を起こし部屋で寝るように促していた。ホント、あいつらは似ていないな。
「さて、ちゃっちゃと片づけちまうか」
俺はまた食器を洗い始め、ふと思う。
俺は、いったい何を求めているのかと。
そうして、その日は過ぎていく。
まだ遊び足りなかったので、一時頃まで俺たちはトランプをした。もちろん、爆睡していた霧も無理矢理起こして。
笑い、はしゃぎ、疲れたその時間。
だけど俺は、またあの虚無感が心の中で疼いていた。