第五章 ~枯れない・時~ 2
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申し訳ありません。
その話を俺はずっと無言で聞いていた。のしかかる過去。壮絶なる恐怖がそこにある。きっとそれはアンデッドの存在をじかに感じていなければ分からないだろう。
「つまりは、霧と雫の家族はもう……」
「ええ。その時に死んでいるわ。もう十年も前にね。カイトや学校には両親は海外にいるって言ってきたけどそれも嘘。あの事件から私と兄さん、ずっと二人だけで暮らしてきたの」
初めて知った事実に、俺は驚きを隠せない。こんなに近くにいた二人ですら、俺が知らないことがある。
なら俺はいったい何を知っているというのか?
「でも、その後どうなったんだ? アンデッドに家族を襲われた。そしてそれを目撃したんだろ? なら二人はそのアンデッドに殺されないわけがない」
みすみすアンデッドがそのような現場を見られて、その目撃者を見逃すようなことをするとは思えない。なのに霧と雫はこうして生きている。これはどうしてなのか。
「助けられたのよ。ある人に」
「ある人?」
「ええ。誰かは分からないけど、その人はアンデッドバスターだった。私たちが殺される一歩前、その人はそのアンデッドの攻撃を受け止めてそいつを倒してくれた。そしてある住所の書かれた紙を渡してここに行きなさいって示したの。私たち二人は心に傷を負いながら、その場所へと向かった。そしてそこにいたのは一人のお婆さん。何でも昔はアンデッドバスターだったらしくて、その人からアンデッドのことやバスターのことを聞いた。そして私と兄さんはこの人の下で修業して、バスターとしての道を進んでいった。この世の中にいるアンデッドを倒すために。私たちみたいな人を出さないように」
それが雨地 霧と雨地 雫の過去。幼いころに家族を奪われ、自分たちのような人を出さないようにと、バスターへとなっていった。
なんて重たい、その宿命。
「……だから。紅染も殺そうとしたのか」
「そうよ。紅染リオンは確かにバスター。でも、その前にアンデッド。笑わせるわ。一番近くにいるアンデッドを殺せないバスターなんて」
そう言って嘲笑う、雫。心から雫はアンデッドを嫌っている。その過去故に仕方ないと言えばそれで終わりだ。
しかしそれでも俺は、紅染を殺そうとしたことには納得がいかなかった。
「雫。もし。もしもだ。今度また、紅染のことを見たら、お前はどうする?」
別に聞きたくもない質問を、俺はしてしまう。そして、雫は、先ほどよりも目を鋭くして、こう言った。
「殺すわ。それが私の意志よ」
雫はその後、適当な挨拶をしてその場を去った。過去の話をして、どうやら少し、気分が悪くなったようだ。
対して霧は未だ俺と共に屋上にいた。先ほどから終始無言でベンチに腰をかけている。
「……なぁ。霧」
その沈黙に耐えられなくなった俺は、霧に話しかける。
「なんだ」
「いや。そういえばお前はさっきからずっと喋んないなと思って」
何となく、俺は思った事を言ってみると、天を仰いで、「そうだな」と霧は呟いた。
「……ただ、俺の考えてることもほとんど雫と同じだからな。別に俺がベラベラ話すことなんてないんだよ」
「同じか……。ほとんどって言うと、そうじゃないところもあるのか」
そう聞くと、少しの間が開く。そして、また霧は口を開く。今度は前を向いて。
「ああ。当り前だ。俺と雫は、双子でも違う人間だからな」
違う人間……か。確かにそうだろう。必ず同じ思考、同じ行動する人間なんていない。いるのはバラバラの人間だけだ。そう。姿も、知識も、思想も、声も、全てそれぞれ独特のもの。
なら、紅染はどうなるんだ?
「あいつだって、違う人間だよな……」
「カイト。それはただの言葉遊びだ。紅染リオンはもう人間じゃない」
俺の言ったことの意味を鋭く理解する。俺は目を伏せる。やはり霧も紅染を敵視するのだな……。
「だけど、アンデッドバスターではある」
勢いよく、ベンチから立ち上がり、そんなことを言う、霧。俺はその言葉にはっとする。
「……霧?」
「確かに、俺と雫の考えてることは『ほとんど』同じだ。でも違う人間だから違うこともある。もちろん、それがたまたまカイトの望むことになるのも、あるのかもしれないな」
そう言って霧はその場を去っていく。
強い風が吹きつけてくる。背中から夏が近づいていることを知らせる、生ぬるい風が。
それでも俺は、その風は、とても清々しいものに感じていた。