第五章 ~枯れない・時~ 1⇔3
※設定のミスにより一日更新が遅れました。申し訳ありません。
地獄絵図。そこはそれを具現化した空間。
壁も、床も、天井も、奇妙な色で塗りたくられていた。
「…………」
雫は声がでない。その棲惨な光景に何を発すればいいのかさえ忘れてしまう。後ろからそれを見た霧も、言葉を失っている。
そこにあるのは、顔が崩れた肉塊。腹が裂かれた肉塊。両腕が切られた肉塊。
「お……おかあさん」
第一声がそれだった。そう。そこにあったのは、この家の住人の死体。
「やぁああああっ!」
駆け寄ろうとする、雫。しかし、その腕を掴んで、それを止める者がいる。
「なにするのよ! はなしてよ!」
それは兄の霧。霧は冷静に雫の行動を制し、指をさした。
「……あれ」
その方向には一つの影があった。黒い服に、夥しいまでの赤がついた服を着ている男。その人物は、切っ先鋭い注射器を持って、一つの死体に近づいている。
そして、それを躊躇なしに腕へと刺しこむ。赤い、ドロドロとした血がその容器を埋めていく。
それを採取し終え、その男はその容器の中を関心しながら見ている。
「ふむ……どうやら血の鮮度が違う。絶望を与えた方が、いい色をしているな。なるほど、脳と血の関係は密接に関連してるのかもしれないな」
そんなことを言いながら、その注射器をポケットへとしまう。そして、その眼は雫と霧の存在を気づく。
「おや。子供がいたのか。まるで気づかなかったよ。……まぁいい。君たちもすぐにこの三人と同じ道を辿ってもらうよ。……楽には逝かせないけどね」
その男の肌は蒼白。気持ち悪いほどの白を見せている。
絶望と言う言葉がその場にふさわしい。目の焦点が合わない。まともにあの男の姿を直視できない。雫は泣き叫ぶのではなく、ただ震えて、その場に座り込んでしまった。
家族が殺された悲しみ、それを行った男への恐怖。そのせいで雫はそこから動けなかった。
「いい顔をしている。その絶望にうちひしがれた顔……。うむ。いい血が採れそうだ」
そう言って男は一歩一歩近づいてくる。その足取りはとてもゆったりとしたもの。
その時、雫の前に何かが現れる。それを見て、その男は歩を止める。雫はそれに驚いた。
「え……」
無言で、両手を広げてそこに立つ。それは霧だった。霧は歯を食いしばりながらそこに立ち、その男を睨みつけていた。
「ほう。この状況で兄妹を守るか……。なかなか感心だな。しかし、私にとって、それは目障りだ」
ポケットからナイフを取り出す。鋭い鉛色をしたそれを持って、また歩みを始める。
「しずく、にげて」
霧は一言、そう言った。妹を、家族を守りたい。そんな意志が彼を動かしている。しかし、その恐怖はそれを超越する。霧の足はガタガタと震えあがり、今にも倒れそうだ。
雫は涙を流す。力が入らない。逃げたくても起き上がれない。
そしていよいよ目の前にやってくる、男。ナイフを振り上げる。高く、高くあげられたそれが狙うのは、霧の脳天。
「さぁ、消えようか」
そんな言葉とともに、その腕は下ろされる。
「おにいちゃん!」
雫は叫ぶ。しかしそのような声に意味はない。
終わりを悟った、その瞬間。
ここでこの話は終了する。