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第五章 ~枯れない・時~ 1⇔

 平凡という言葉を吐き違えてはいけない。

 その言葉でさえ大きな意味を持っており、そしてそれを手にしている者ほど幸福を持っている。

 その家庭もそうだった。五人家族。父と母と祖父、そして二人の兄妹。

 お金持ちでも何でもない、普通の家庭。月から金はそれぞれ仕事、子供は幼稚園に行き、週末は月に一回ぐらい家族全員で出かける。特別なことなんて何もない。

 どこにでも落ちている、その日常。

 それでも、その時はかけがえのないものだ。

――そんな後日談が、ここにある。




 そのように語る前、平凡の特別さに気づいていない時の中、雨地 雫は怒っていた。

「おにいちゃん、わたしの「ぷりん」たべたでしょ!」

「うるさいなぁ。べつにいーじゃんか」

「いくない! おにいちゃんはいつもわたしのものとるんだもん!」

 甲高い声で一生懸命自分の主張をする、雫。その怒る対象はじっとテレビを見ている少年、雨地 霧。雫の双子の兄で、唯一の兄妹だ。霧はそんな妹の怒りを簡単に受け流している。

「しずくがはやくたべないのがいけないんだろ」

「ちがうもん! おにいちゃんがいけないんだもん! もう、おかあさんにいうからねっ!」

 どたどたと、足音を鳴らしながら雫はその場を去っていく。霧はその姿を少し眺めた後、またテレビを見始めた。

 現在、家の中には霧と雫以外誰もいない。なので雫はこのことを誰かに言うこともできず、しかたないので、自分の部屋でしぶしぶ本を読むことにした。

 雫は兄の不躾で適当なところに怒りを感じていた。あの兄はいったい何を考えているのか、雫は双子ながらもそれが分からなかった。

「おにいちゃんなんてだいきらい」

 目に涙を浮かべながら、そんなことを呟く。

 霧はよく雫のものをとったり使ったりする。雫にとって、それは自分がいないのと同じなのではないのかと感じた。

 幼稚園で遊んでいる時も、雫と霧は別々に遊ぶ。さらに、遊んでいる最中、雫がふと霧の方を見ると、ふいとすぐに視線をそらすのだ。

 だから雫は兄は私のことなんてどうでもいいのではないのかと思っていた。いてもいなくてもいい。だから自分のものもいないのと同じようにとるのではないのか、と。

「……いいもん。わたしもおにいちゃんなんていらないもん」

 めくる絵本の内容など、雫の頭の中には入っていなかった。




 二時間後、ようやく、両親と祖父が帰ってくる。雫は怒って疲れたのか、絵本を開いたまま、床で寝てしまっていた。

「雫。こんなところで寝ないの」

 母親が部屋に入ってきて、雫の肩を揺らして起こす。雫は目が覚め、ぼやけた頭で「おかえり」と言った。

「はい、ただいま。雫、もうご飯できてるよ。早く食べないと冷めちゃうわよ」

 雫はもう先ほどの怒りを忘れて、ただぼーっとしながら、軽く頷く。そして、その背中を押されて、リビングへと向かった。

 そこにはもう他の家族全員が席に着いていて、テーブルの上もご飯やおかずが並んでいた。

「なんだ雫、寝てたのか?」

 この中で一番大きな男性、この家の主の父親が雫の頭をなでながらそう聞いてくる。

「雫ちゃんは育ち盛りじゃけ。よう寝て、大きくならんと」

 そして、白い髪の毛に白いひげを生やした祖父が、そんなことを言う。まだ寝ぼけていて、雫は何も言わずに、椅子に座る。そんな様子を、無言で霧は眺めていた。

「それじゃあ、皆もそろったから、いただきますしようか」

 夕飯時、この家庭ではそれが規則。家族全員がそろって食卓を囲み、そして必ず「いただきます」と言うのだ。

「はい。それじゃあ……いただきます」

 全員が同じようにその言葉を言う。そして箸を進めだす。

 どこにでもあるような、家庭。ここにはそれがあったのだ。

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