第四章 ~会えない・声~ 4⇔
攻撃を放つと、それを避け前に進む。少し下がって、また放つと、それを避け前に進む。そんな繰り返し。
着実にカンナ・ブランアルベルと雨地 雫の間合いは詰められていた。
「まずいね……」
思わずそう言ってしまう、カンナ。なにせ彼女の得意なスタイルは敵との距離を十分にとり、力を溜めて大きな攻撃を放つ長距離砲撃。しかし、その距離も、攻撃を打つための時間も、この敵は与えてくれない。
カンナはなるべく早く攻撃をする。しかし、それを悉く身体を移動させて避けていく、雫。
しかも雫の回避の仕方がとても奇妙だった。腰につけた刀に右手を添え、いつでも抜刀できるような構えをしながら、体勢低く、そのままの状態で身を流すように避けていくのだ。
カンナ・ブランアルベルは知らない。それは『擦り足』と呼ばれる日本古来の体捌き。そうすることによって、隙を見せず、いつでも攻撃をすることができる。
迫る雫との間合いは約三十メートル。もうすぐで相手の射程に入ってしまうと、カンナは焦っていた。
「……こうなれば」
すると、カンナは攻撃を止める。そうして、腕に集束させていたあの小さな光球を、まばらに飛び散らす。星に混じるように、上空を浮かぶその光たち。そして、ある合図を送る。
「行け!」
すると、一斉にその光の輝きは増していく。そして雫目がけて細い光線をそれぞれから放っていく。
「――!」
流石にそれを避けるのは厳しい。雫はその体制を崩し、横へ、後ろへ飛んでそれをかわす。
その砲撃は続く。質は先ほどに比べると落ちるが、この攻撃はトリッキーで、たたみかけるようなもの。一つ一つの威力は弱くても、一撃当てたらその隙に次の攻撃を食らわせるというものになっている。
「さすがに、しつこいわね」
雫は天を仰ぎ、そして思う。相手が高みから攻めるなら――
「私もその高みで攻撃する」
そして、大きな飛躍をする。それはその光る球に向かって。その球は雫を射ちぬこうとする。しかし、それを一刀、弾いてまだ跳躍する。
また光を発して攻撃を放とうとしてた、が遅い。それを踏み台にして、更に高く跳ぶ、雫。
それを見て、カンナは危険を悟った。
「――戻れ!」
「遅い――!」
地上と、上空の距離、約三十メートル。先ほどと同じぐらいだ。そして真下にはカンナの姿が見える。
そこで雫はまた鞘に刀をしまう。
「天之水降雨雲」
瞬間、十回の抜刀。神業的な速さで鞘に納めては抜きだす行為を瞬時に行った。大粒の水しぶきが上がる。まるで、土砂降りの雨がそこだけに集中して降るように。
それは聖水の雨。汚れを融かす、浄化の雨が降り注ぐ。
それを目の前にして、カンナは防ぐことなどできるはずがない。
「……終わったか。まぁやっぱり悪い予感というのは、総じて当たるものなんだな」
そして、その雨は、カンナの身体をうちつけた。重力で勢い良く降ってくるその雨は、長らく忘れていた、痛みを感じさせる。
――ああ、やはり、痛いというのは、いつの時でも痛いのだな――
そのように、最後の最後までくだらない事を考えて、カンナの意識は途絶えた。
そして、地上に下り立つ、雨を降らした雲が一人。
「……地獄へ逝きなさいアンデッド。あなた達は、暗いクライ、底なしの闇がお似合いなんだから」
刀をまた鞘におさめる。
こうして、その戦いは終わった。
そう。『その』戦いは。
「さて、次は」
そうして睨みつける場所には三人の姿が窺える。
中でもある一人には、もっとも憎悪を向けながら。
「兄さん、傷を治すなっていったのに……。まあいいわ。兄さんはああいう性格だからしょうがない。だけど……」
一歩一歩、歩き出す、雫。そこにはいつもの穏やかな様子など微塵も感じられない。
「私は容赦しないわよ、紅染リオン。あなたのその存在、私が断ち切ってあげる」
風は強く、その場を吹き抜ける。
湿っていて、なぜか、雨の予感が漂っていた。