第四章 ~会えない・声~ 4
僅か数分、その出来事は終わっていた。
まだはっきりとしない思考の中、ただ、それだけがわかった。
「……雫と霧が……アンデッドバスター」
黒い衣を身に着け、アンデッドを殺したあの姿はまさしくバスター。この街にいると言っていた、残り二人のそれ。
しかし同じ学校に通っている友人がそんな存在だったという事実に、俺は混乱している。
「なんで……?」
そんな疑問符が浮かんでくる。
そう、どうして。どうして雫と霧がアンデッドバスターなんかをやっているのか。
セレナ・ブランアルベルを倒した雫はゆっくりと剣を鞘に納めていた。その振る舞いは、あまりに格好がしっかりしていて、ぞくりとした。
見ると、もう一人のアンデッドが少し間合いを取るために後ろへ下がっている。そして、未だ苦しがっている紅染の姿も目に入ってきた。
「とにかく、紅染のところに行こう……」
怪我を見るなんてことはできない。しかしこんなところで立っていたら、またあの攻撃を受けるかもしれない。そうすると、また雫たちの足手まといになってしまう。それを防ぐためにも、霧や紅染の近くに行った方がいいだろう。俺はすばやく、あのアンデッドを注意しながら、紅染がいる場所へと向かった。
しっかりとアンデッドを警戒しながら向かったが、どうやら雫の方に気がいっていて、こっちを見向きもしなかった。
「紅染!」
俺が呼びかけると、苦々しい顔をしながらこちらへと振り向いてくる。どうやら大分痛むらしい。傷口を手で覆って汗をかいている。
「カイト……」
弱々しい声でそうつぶやく。どうすることもできない俺は、彼女を見つめるだけだった。
「悪いな、カイト」
と、いきなり前から俺に話しかけてくる人物がいた。
それは霧だった。俺の友達で、クラスメートの雨地 霧。そいつは苦笑いをして、頭を掻いている。
「俺も助けてやりたいんだが、なんでも雫が絶対に紅染リオンを手助けするなって言い張ってな」
霧はいつもの調子でそんなことを言う。
「……霧、お前、なんで……いや、それよりも、助けるなってどういうことだ?」
「言った通りだ。確かに、俺は紅染を助けるための方法、つまり治癒の手段を持っている。だけど、雫がそれを使うなって」
その言葉を聞いた時、俺は途端、怒りが込み上げてきた。
「ふざけんな! なんで助ける方法があるのに助けないんだ! アンデッドバスターはアンデッドに襲われた人を救うんじゃないのか? それは同業の人でも同じだろ?」
胸ぐらを掴んで霧を睨みつける。そんな俺を、霧は冷めた目で見つめ、鼻で笑う。
「『人』ねぇ……」
そして、ちらと紅染を見た。すると何かを取り出して、そのまま床に投げ捨てた。
「あーあ。傷を癒すための薬を落としちまったー。これは雫に怒られるなー」
捨てたものはビン。そしてその中には多量のカプセルのようなものが入っていた。
「……霧……」
霧を掴んでいた手を放す。霧は顔を雫の方へと向け、視線をそらした。
「元からそうするつもりだったよ。さすがに、そんなことを俺ができるか」
俺は急いでそのビンを取り、その中身を紅染に渡す。
「紅染、これを飲め。薬だ」
それを手渡すと、紅染は震える手でそれをもらい、一気に飲んだ。
「十分もすれば効果が表れるはずだ。それで多少は傷がふさがる」
また、霧が、雫の姿を見ながらしゃべってくる。しかし、その声色と表情に優しさはない。
「いいか。俺は別にこれでいいと思っている。だけどな、雫は本当にお前を助けたくないと思っていた。その理由はお前自身理解していると思うが……」
妙なことを口走る、霧。何を言っているのかさっぱり分からない。
紅染は、傷の痛みとは別に、俯いて黙り込んでいる。
「さて、そろそろ雫が動くか。……どうなるかな。遠距離攻撃の敵は雫が苦手とする相手だが、あいつが俺に手を出さないように言ったから、まあ大丈夫だろう」
そう言われて、俺も雫の方を見た。
そこには腰の刀を未だ抜刀せずに、低い体勢で柄を握っている雫と、それを撃ち落とそうとしているレーザーを放っているアンデッドが、今まさに戦っているのであった。