第一章 〜死ねない・君〜 3
帰ってから二時間が経ち、時刻はすでに七時。そろそろお腹がすいてきたなーと思っていると、ピンポーンというインターホンの呼び出し音が聞こえてきた。
「はいはーい」
すぐに玄関へと向かう。そして鍵を開けると、先ほど電話で呼び出した霧と雫が立っていた。
「よぉ」
「こんにちは」
それぞれ別々の挨拶を投げかけてくる。見ると二人の手にはスーパーの袋、そして背中にはリュックを背負っていた。
「悪いな、急に呼び出して。いきなりのことで、食材が余っちゃってな」
「相変わらずだよな、お前のお父さんも、お母さんも。どこか飛びぬけているというか……」
苦笑いをしてそう言う、霧。まったくその通りで、反論もできずに俺も笑うしかできない。
「それにしても、泊まるのまでオッケーなのか? さすがに迷惑だと思ったのだが」
そう。俺は夕食ついでに二人には泊まっていくよう促した。まぁ家には誰もいないんだし、こんな機会だから楽しくワイワイやりたかったのだ。
「いや、構わないよ。どうせ使ってない部屋なんていくらでもあるんだし」
もともと三人でもこの家は広すぎる。それぞれの寝室や居間などを抜かしても、あと五か所ほど空き部屋があるのだ。
「それで、料理はまだ作ってないの?」
雫が身を乗り出して聞いてくる。
「ああ。二人の好き嫌いがあるといけないからな。来てから食材を見てもらおうと思ったんだ」
霧のトマト恐怖症の例もあり、もしかしたら他にもダメなものがあるかも知れないと思ったので、調理をするのは二人の意見を聞いてからにしようと考えたのだ。
「そうだね。私は特にないけど、ちょっと兄さんが……」
「雫、お前俺のことをガキか何かと勘違いしてるだろ? だいたいトマト以外のものだったら何でも……」
「ニンジン」
「う……」
「とうがらし」
「な……」
「あとパプリカとか」
「スイマセン……調子乗りました」
あっけないな。とりあえず俺の判断は正しかったようだ。
「わかった。それじゃあ、食材選んで作ろうか。どうぞ、中に入ってくれ」
そう言って上がってもらう。いずれにしても、賑やかな食卓になってくれそうでありがたかった。
(霧の)好き嫌いや食材の種類から、今日の夕食はハンバーグになった。たまたま特売で買ってきた肉がひき肉だったことにより、それに決定。
「そういえばソースはトマトケチャップで作るつもりだけど……大丈夫なのか?」
「うん。色さえ見えなければトマトと認識しないらしいの」
随分適当なフォルダ分けがなされてるんだな、あいつの好き嫌いは。
「わかった。だけど今から急いで作っても八時か。少し遅くなるな」
「しょうがないよ。それに、これ以外思いつかないんだから」
現在キッチンにいるのは俺と雫の二人。当然と言えば当然だ。料理ができるのは俺たち二人しかいないわけだし。
そういえば、このキッチンに二人のひとがいるのは小学校以来に思える。小学生の頃は母さんに料理を教えてもらってたので、よく二人でキッチンにいた。しかし、最近は全くそんなことはないので、何にか新鮮な感じがするな。
ちら、と俺は雫の方を見る。淡白な黒いエプロンを着けている俺に対し、雫は水玉模様の入ったポップなエプロンである。うむぅ、これはこれで……何というか……。
「ん、どうしたの? こっちをボーっと見て」
「え、いや! そういえばこのキッチンに二人いるのって、何かあんまりなくって……」
びっくりした。まったく……毎日こんな妹に飯を作ってもらっている霧も、随分幸せ者だな。
そういう霧はというと、まるでわが家のようにくつろいでテレビを見ている。あまつさえ煎餅なんか食いながら。
「それにしても、いくら食事を待たせてる身とはいえ、ふてぶてしいにもほどがあるんじゃないのか」
「兄さんは基本、ああだからね」
呆れてため息をつく、雫。
「あ、雫。ちょっとお茶入れてくれー」
「はいはい。待ってて。カイト、湯のみとお茶っ葉と急須を借りたいんだけど、どこにある?」
「ん? そこの棚の上に三つともあるはずだ」
俺がそう言うと素早くそれを取り出し、お茶っ葉、お湯を急須に入れ、湯のみに注ぐ。そして霧のところに持っていった。
こういうところ、雫は寛大だ。母性本能が働くというのだろうか? もうどっちが兄で妹かわからない。
「霧。お前、本当に雫が妹でよかったな」
「んー? 何がだ?」
本人が無自覚というのが、また頭にきてしまうな。
「なんでもない。じゃあ雫、作り始めるか」
「うん。二人で分担すれば多少は早く終わるはずだよね」
そうして俺たちは、遅い夕食を作り始めた。




