第四章 ~会えない・声~ 3
俺は愕然としていた。
目の前には紅染が倒れている光景がある。同じクラスの女の子が、血を出して、倒れている姿に、絶句する。
「ウソだろ……」
足が動かない。恐怖が襲ってくる。
どうにかしなくてはいけない。そんな思いが募る。
しかし俺にできることとは何だ?
「そんなもの……あるわけない」
とてつもない高さの橋のアーチから降り立つ、先ほど攻撃した人物。どうやらセレナ・ブランアルベルの仲間らしい。だとすると、彼女もアンデッド。
絶体絶命。まさにその言葉が今の状況だ。
考える。この打開策を。
しかし思いつくのは自分だけが逃げて助かる方法。紅染を助ける方法は……ない。
「どうすれば……」
そして、俺の方へ拳を向けてくる、光を放ったあの女。
それを向けられて、俺は背筋が凍る。
あんなものをくらったら、ひとたまりもない。
必然的な死の予感。今はそれしか感じない。
拳の前にはあのビー玉が、一つ、そこにある。不気味に光るそれは、俺だけにその光を見せているように思えた。
「終わった――」
そう呟いた。始めから俺に何かをする手などない。後はただ死を迎えるだけだ。
そうして、その球体はさらに眩い光を出した。おそらくはあの光線だろう。
最後、その光に包まれて、俺の命は撃ち取られたのであった。
――はずだった。
「え――」
激しい音がこだまする。それは俺の目の前から。
そしてそこには黒いローブの人物が、刀を持って立っていた。
「紅染……?」
思わず、そう聞いてしまう。
「残念だけど、あの女じゃないわ。助けてもらうんだったら、彼女の方がよかったのかしら? ……カイト」
刀を一度、振って鞘におさめる。そして、その女性は振り返る。
その声は、幾度と聞いてきたもの。だから間違えるはずがない。
だが、あまりにも突拍子すぎだ。
「……しず、く?」
それは、俺の友人だった。――雨地 雫。普通の女子高生のはずの彼女は、なぜか刀を持って、なぜか俺を助けていた。
「まったく……。普段から何かとぼーっとしてると思ったら、こんなところで死にそうになってるなんて……。ホント、困った人ね」
いつものような口調で、ため息をつく。それは間違いなく雫だった。
「お前、何で……」
「とりあえず、説明は後ってやつ。今はあの化け物を倒すのが先決」
そう言って、紅染たちがいた方向へと視線を移す。
そうだ。紅染はどうなったんだ。さっきはセレナ・ブランアルベルが襲ってきていたところだったが……。
見ると、そこにはもう一人、誰かがいた。
そいつは杖に半月型の刃をつけた武器で、セレナ・ブランアルベルの攻撃を防いでいる。同じように黒いローブを纏い、雫や紅染より体格のいい、その人物。
「って、あいつは……」
「ええ。ご察しの通り、兄さんよ」
ああ、そうだ。遠目からでも、姿で分かる。あれも俺の友人、雨地 霧、その人ではないか。
「まさか、この街にいるもう二人のアンデッドバスターって……」
「そのまさかね。とりあえず、カイトはここにいて。あの二人組を倒してから、ゆっくりと三者面談しようじゃないの」
そうして彼女は颯爽と戦地へと向かう。
俺は呆然と、ただそのありえない光景を眺めているだけだったのだ。