第四章 ~会えない・声~ 2
川の土手を走っていく。
紅染があの橋へと向かってから十分。俺もそこへ向かっていた。
「カイトは家に帰って大人しくしといて」
そんな彼女の言葉を無視して、俺は駆けている。
わかっている。自分が何もできないのも。足手まといなのも。
それでも俺はそこに行きたいのだ。
「何でだよ……ホントに」
一度行けば危険があるその場所。そんな所に行って、俺のメリットは何がある?
怒りや正義感。そんな感情ではない。断じて。
そんな訳のわからないものに突き動かされて、俺は動いている。
疾走を続ける。もうすぐ橋に着く。
人の気配はない。川の流れがやけに大きく聞こえる。風は俺を打ちつけ、まるで前に行かせるのを圧しとめているようにも思えた。
そしてそこに辿り着く。
「紅染……」
見るとそこにはセレナ・ブランアルベルと紅染が、すでに戦闘を行っていた。
激しい火花が幾重にも放たれる。暗さと速さで両者の姿は捉えにくいが、街灯や月の光のおかげで状況は見て取れた。
セレナ・ブランアルベルはこの前とは違い、紅染といい勝負をしている。機敏に、なおかつ力強く動いているように見えた。
紅染の方は相変わらずの槍捌きを見せている。
双方退かない、長い戦いになりそうだった。
俺はどうする……。こんなところで立っているだけでいいのか?
「……まだだ。まだ出てもホントに足手まといになる」
辛抱する。辛いが、ここは我慢だ。紅染が倒してしまえばそれでいい。しかし、ピンチになったら出ていく。
だから俺はその機会を逃さないために、目を凝らしてその戦いをじっと見る。
激しさを増していく攻防。互角の力。だが両者ともまだ探りあいのように感じる。相手の出方をうかがい、ペースを上げていくような感じだ。
人間離れというのはああいうことを言うのだろうと思う。
踊るように、彼女たちはリズムよく相手の攻撃を受けては攻め、攻めては受けている。
その時だ。何かが光るのを感じた。
「え……?」
辺りを見回す。確かに何かが光った。小さく、まるで、夜空の星のように。
「星?」
素早く、俺は陸橋を見上げる。
そこに、いた。
自分以外のもう一人の観察者。陸橋の鉄のアーチ。およそ人がいるはずのないその場所で、月光を纏い、その人物は、紅染の戦いを見ながら拳を構えている。
その右手の周りにはビー玉ぐらいの光が六つ、円を作るように点在している。奇妙な光を放ちながら。
その人物は右拳を引き、左手を紅染たちのいる方を覆うように、向ける。
直感で、まずいと感じた。
「逃げろ! 紅染!」
大声で俺は叫んだ。ちょうどいったん攻防を止めて、互いに間合いをとっている時。紅染はこちらを向いてくる。
そして、その奇妙な気配に気づく。
しかし遅い。その時には、陸橋のアーチから攻撃が飛び交う。
六つの光はそれぞれが砲台。一つ一つが敵を貫く、奇妙な光線を放つ。ガトリング形式ではなく、それこそ一斉射撃だ。
そして、その光は紅染のみを襲う。
セレナ・ブランアルベルはここからでも見える、奇妙な笑みを見せていた。
そうして、爆音とともに、その河川敷に、大きな煙りが立ち上がった。