第四章 ~会えない・声~ 1⇔
時は零の刻に始まる。
結界を張り巡らしたその場所で、川を眺めながらその始まりを迎える一人。
セレナ・ブランアルベル。その復讐という野心を胸に、歪んだ笑みを見せている。
「来たか。紅染リオン」
振り向かず、闇夜にそう呟く、セレナ。
応えるように、その場でローブを纏い、槍を持つ、紅染リオン。
「見る限り、私を嵌めたわね、セレナ・ブランアルベル」
冷やかな声で紅染リオンはそう言った。そして、セレナの笑い声がその場にこだまする。
「そうだ。あんたはあたしが人を襲うための結界を張ったと思っていたようだが、それはフェイクだよ。あんたをあたしに有利な地形へと赴かせるための、ちょっとした罠さ」
そこは女郎が主の蜘蛛の巣。張り巡らされたそれは、『誘惑』ではなく、『監獄』の結界。踏み入ったものは、いかにバスターといえどその場からは逃げられない。その食事が終わるまでは。
「まんまとしてやられたわ。だけど、逃げるつもりもない相手にこんな罠、不要じゃないの?」
そう、元から彼女は退くつもりなど微塵も思っていない。故にこの結界は無きに等しい。
挑戦的なそんな態度に、普段なら苛立ちを覚えるはずのセレナは、なぜか声を荒げて笑いだす。
「人を救おうとする矛盾者が何を言ってるんだ! 結局は自身の運命から逃げてるあんたが、ここでも逃げないって保障はあるのかい?」
その言葉に、リオンの中で何かが切り替わる。
「さぁ始めようか、紅染リオン。お前だって、穢れている同志じゃないか」
それが合図。刹那、彼女はその声を切り裂こうと前進する。
そしてセレナは両手をあの巨大な腕へと変える。
「ロンケー!」
「ははっ!」
勢いよくセレナの体を薙ぎ払おうとする、大槍・ロンケー。それを、右手を振って対抗する、セレナ。
闇夜に散る火花。両者の攻撃は一瞬交わり流れていく。
「――ふっ!」
その流れを利用して、紅染は身体を回転させる。今度は真上から振り落とす。赤い稲妻が、セレナを襲う。
それに反応し、セレナの方は態勢を低く前へと勢いよく進む。矛先を避けて、柄の部分へ飛び込もうとしているのだ。
そして、それは左手によって防がれる。両手は槍を持っていて塞がっている。身体はガラ空きだ。セレナは右手の鋭い爪を立て、確信を持って腹を裂きにいった。
だが、その程度のことを隙とは言わない。
リオンはセレナを支点にして、飛び上がる。そしてその大腕は、空を切る。
宙に浮かびあがる、紅染リオン。黒きローブは星が瞬く夜空に溶け込む。
「はぁっ!」
しゃがみこんで着地。そして素早く相手を斬ろうと、狙うは足元、片手で槍を横へ振りぬく。
セレナは飛びあがる。足をたたんで、高く、そして、それでも退かずに、前へ。
「くっ!」
すぐに槍を引き戻した。それはセレナの攻撃を防ぐため。両腕の刃は、しゃがみこんだリオンを突き刺そうと五本を一束にまとめていた。つまり二つの刺突が襲ってくる。
その二つの点をリオンは凝視する。なぜなら、『点』が二つなら、一本の槍という『線』で結ぶことができるのだから――!
「っ!」
激しい剣戟の音。見事、防ぎきることができた。
そしてその反動を利用して、二人は飛び退く。
紅染は間合いをとるために。
セレナは息を整えるために。
「……」
紅染は正直、驚いていた。セレナ・ブランアルベルは槍の弱点を見切っている。
長さ故の短所。確かに槍という武器は近距離・中距離接近戦に関しては向いている。
しかし灯台の光が下を照らしにくいように、超・近距離の接近戦には向かないのだ。
セレナは短く、息を吸って吐いている。不老不死で不死身とは言っても、体力が極端にあがるというわけではない。ただ何年も生きていたらそれだけで身体を動かすコツというのがわかってくる。そのため超人的な身体能力を身に着けているのである。
「久々に動くから疲れるな。だが、私の本来のスタイルはこの超・近接戦闘。リーチが短いというのが短所だが、それを動きでカバーする。そして長所であるパワーを思う存分発揮するということ」
セレナは余裕気に話す。真実、優勢はセレナ・ブランアルベルその人だ。紅染リオンは、押しているように見えて、詰められている。
リオンは考える。確かにこっちが押されているのは確か。セレナ・ブランアルベルはもう私とどう戦えばいいかも把握している。ならばこちらはどうすればいいのか。
そんなもの、愚考だ。
「御託はいいわ。かかってきなさい、私の同志とやら。その一人が消えるのをとても残念に思うけれどね」
己が切っ先鋭き意志。忌み嫌う過去の断絶。
だから、道は、いずれにせよ一つしかないのだから。