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第三章 ~落ちない・泥~ 9⇔

 ここには二つの裏がある。

 これはまず一つ目。夕方だというのに夜のような暗さと静けさがあるその洋館。そこに一人の女性が苛立ちを覚えながらそこにある真っ赤なソファーに腰掛けている。

 セレナ・ブランアルベル。血色のよくない色をしたその肌。その白はその深い黒の場にそぐわないもの。彼女は爪を噛みながら、時計を見る。時刻は六時を回った。一向に現れない待ち人を、およそ二時間もそこで待っている。そのせいで彼女は最高潮に気が昂っていた。

 そして、その人物は玄関を開けてやってくる。

「待たせたね。セレナ」

 それは同じような白を肌に持つ女性。しかし、セレナはショートヘアーに対して、彼女はとても長い艶やかな髪。

「……カン姉、今何時だと思ってるんだ」

 本人を前にしてしまうと、なぜか苛立ちが沈んでしまう。上姉と違い、この人、カンナ・ブランアルベルにはどこか逆らえない雰囲気が立ち込めている、とセレナは思っていた。

「何だ、セレナ。あんたは二時間程度の遅刻で私に文句があるっていうのかい? そんなことだとすぐに婆さんになっちまうぞ」

 はっはっはと笑う、カンナ。

 これだ。セレナが彼女を苦手とする理由は。カンナは何かと豪快なのだ。いくら怒ってもそれをすぱっと切り捨てられ、自分間違っているように思えてしまうのだ。

「もういい。わかった。それで、事は姉貴から聞いてるよな?」

 きりかえて、本題を尋ねる。それに腕組をして、カンナは頷いた。

「ああ、粗方はな。紅染リオンの協同討伐。作戦の実行は今日の深夜零時」

 口元を釣り上げて、奇妙な笑みを見せる。

 紅染リオン討伐。この街にいる天敵、アンデッドバスターのイレギュラーである三人目。それを今夜、排除することが今日の目的。

「ああ。紅染のやつを潰す。前は油断したが、今度は絶対にやってやる」

 悔恨。彼女は前回の戦いであっけなく撤退をせざるを得なかった。予想外の敵、なおかつ、予想外の強さを持っていた紅染リオンにはどうしてもそうするしかなかったのだ。それ故に彼女の悔しみの思いは強い。紅染リオンを必ずしとめる。それがその激情を抑える唯一の手段だった。

「気張るのはいいが、あまり躍起になりすぎるなよ、セレナ。いつでも、冷静さを欠いた者が堕ちるんだ」

 また、しかし今度は不気味な雰囲気を出して、笑う。 

 そっちの方こそ毎回頭が能天気じゃないか、とセレナは心の内で思っていた。

「わかってるよ。ただトドメはあたしにさせてくれ。そうでないと、どうにもあたしは気がおさまらないんでね」

 そしてセレナの笑い声は館に響く。甲高く狂気じみたその声色は、魔女の笑いと酷似する。

 それをやれやれと一瞥する、カンナ・ブランアルベル。妹のそのような姿を眺めて、彼女は少しばかしのいやな予感を感じる。

「ま、何事もなく進めば、私たちが絶対に勝つんだけどね」

 絶対の自信を胸に秘め、未だやってこない時間を待つまで、少しの眠りに就こうかと、カンナは思った。




 そしてこれは二つ目。

 対照的に明るい日があるその場所は、建造中止となった廃ビル。取り壊しが決まっているそこは骨組みだけが残っており、鉄筋で枠組みが構成され、周りは会社名の書かれた布で囲まれている。

 このような場所に似つかわしくない、男と女。その二人は今、そのビル三分の二ほどの高さのところに、男は鉄筋で作られた柱にもたれかかり、女は腕組をしながら何かを眺めていた。

「まんまと騙されたわ」

 その鉄の地面に張り付いた黒い泥のようなもの。それを見て、彼女はため息をついた。

「まさかこの数日、追っかけてきたのがこんな人形だったとはね。自分の修行不足を嘆くわ」

「まぁ、あの『不死の王』と言われているあの男が、こんな風に俺たちから逃げ回ってばかりというのもおかしいと思ったけどな」

 苦笑しながらそう言う、男。

 見ての通り、彼らはアンデッドバスターだ。そう。この街にいるもう二人の掃除屋。それがこの男と女だった。

「でも、こんなことをした理由ってあるのかしら? あの『不死の王』ならこんなことをしないでそのまま私たちと直接対決をしてきそうな感じはするけど。やっぱり、二対一じゃ分が悪いと思ったのかしら」

「そうだな、それに関してかはわからないが、お前が調べてくれと言っていた中に、面白いものがあった」

 そう言ってひらひらと、一枚のメモ用紙ほどに折られた紙をポケットから取り出す。

「あれ……もう調べてたの? ……というか、どうしてもっと早く言ってくれなかったの?」

「しょうがないだろ。これが来たのは今日の夕方だし、その時はこの泥人形追いかけて忙しかったんだから」

 男はその紙を渡す。女はそれを広げる。それは意外と大きな紙だった。

 そしてそれを見た彼女は、少し笑みを見せる。

「やっぱりね。私の思ってた通りだわ」

「ああ。俺も見た時は驚いた。西の聖職者・紅染リオン。まさかお前の言っていたことがホントだったとは」

 紅染リオン。アンデッドバスターの同業者である彼女は、もちろんこの二人の仲間のはずだ。だが、

「同胞殺し。確かに紅染リオンはアンデッドの敵。だけど、私にとっても彼女は敵よ。それは落ちない泥と同じ。いくら彼女が異端だとしても、その存在は変わらない。そして私自身、その泥は微塵も残しておくつもりはないもの」

 彼女は自分の敵だと、はっきりと言った。

 それを見て、男はどこか悲哀の目を彼女に向けている。本当にそれでいいのかという疑念。彼はそんな風に思ったが、口に出すことはできなかった。

 なにせ自分のせいで、彼女はこうなってしまったのだから。

 昔の記憶が彼の頭の中でフラッシュバックする。気持ち悪い、鮮明な出来事が。頭を振ってそれを消そうとする。今は関係ない。この仕事に集中しなくては、と。

「どうかしたの?」

 不安そうに、彼女は彼の顔を覗き込んでくる。

「いや、なんでもない、ちょっと考え事をしてた。……ああ、それともう一つ、こっちは俺が調べた資料だ。これによると、どうやらこの街にあと三人のアンデッド、『不死の王』と共に行動するブランアルベルの三姉妹がいるらしい。おそらくだが、この三人の行動を妨げさせないために、俺たちにこんな囮をつかったんだろうな」

「それと紅染リオンと私たちを共闘させたくないってこともあるでしょうけど。ということは私たちはそのブランアルベルの三姉妹をどうにかしなくちゃいけないってことね」

 かぶりを縦に振る。ならば行動はもう必然的に決まってくる。

「なら、こんなところで油売ってる暇はないわね。すぐ行動しましょう。直に日も暮れて、アンデッドが行動しやすくなる。そうしたら少し厄介だから」

 二人はその場を後にする。時刻は六時。日はまだ沈まない。

 こうして二つの裏が動く。

 さて、それはどのように交錯するのだろうか。

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