表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/67

第三章 ~落ちない・泥~ 8

「で。私に何か用なの?」

 今は昼休みの後半。俺と霧は雫を追って屋上まで来た。幸い、日の強い屋上には人は誰もいない。

 このまま知らないふりをするのもどうかと思ったので、雫をなだめようとしてそこまで追いかけた。

 しかし彼女の機嫌は芳しくない。青筋を立てながら、俺をさぞ蔑むような眼で俺を見ている。

「何か用じゃない。さっきの見てたぞ」

 俺がそう言うと、さらに鬱蒼とした表情を見せる、雫。今までに類を見ないほどの不機嫌度だ。

「だったら私が凄くイラついてるのぐらい分かるでしょ? だから今は話しかけないで」

 そう言ってそっぽを向いてしまう。これは沈めるのにいささか時間がかかるな。

「飲み物を間違ってこぼして、それでたまたまそこにあの雑巾しかなかったんだろ? なら仕方ないんじゃないか? 相手だって悪気があってやったわけでもなし、むしろ善意の方が多く見受けられる」

「何、カイト? あなた、あの子の肩を持つの?」

 その圧力に押し倒されんばかりの殺気を俺に向けてくる。……ぐっ。ここで負けてたまるか。

「そういうことじゃない。確かに相手にも非があった。でもそれをどうにかしようとしてたし、その自分の非をお前に謝ったんだろ? ならこれは故意じゃないんだから、何もそこまで怒らなくてもいいじゃないかと言ってるんだ」

 しっかりと道筋を立てて説明してやる。しかし雫の耳は一向に俺の話を聞く姿勢を取ってくれないらしい。

「そういえば、カイト。あなた何やら変な噂が飛び交ってるらしいじゃない」

 心臓が一拍ほど速くなったような気がした。

「な、何がだ」

「だから、紅染リオンとの関係よ。なんでも最近登下校を一緒にしてるとか」

「な……それは断じて噂であって、俺と紅染は付き合ってなんか……!」

「私、「付き合ってる」なんてことは言ってないんだけど」

「あ」

自ら墓穴を掘る。そのせいで俺は固まってしまい、何も言えなくなる。

「……ばか」

 そう言って、雫はまた顔をそらしてしまう。……だめだ。完全なる敗北(自爆)。

「霧……後は任せた」

「……ああ。お前の雄姿は忘れない」

 俺は地面に体育座りをする。そう。これがみじめなる敗者の姿だ。

「さて、雫。いい加減、機嫌を直せ。確かにあっちの方で最初にことを起こしたのは事実。相手の謝り方にも問題があったのも俺が見て思った。でもな、そこでお前一人が腹立てて怒鳴ってたら、どう考えてもお前は幼稚に見えるぞ」

 霧のその言葉に、ひょこりと髪の毛が少し動く。動揺してるのだろうか。

「考えてもみろ。ピーピー鳴く雛鳥が巣の中にいる光景を。あいつらはいつも餌を待って鳴いている。それは人間でいう我儘に相当するだろ? 早く飯をくれー飯をくれーって。それを親鳥が、せっせと持ってくる。それは親鳥が『親』というその『子』より優れた存在だからだ。これは優れた者は一歩冷静になって、下の者を見るという典型例だ。そしてお前は雛鳥、紅染は親鳥だ。優れた方は冷静に物事を見つめ、下の者は騒ぐだけ」

 さらにピクピクと髪の毛が動くのが見えた。

「どういうことかわかるよな? つまり、お前は、紅染に、子供と同じように見られていたということだ!」

 突き刺さる衝撃。それを聞いて、がーんという効果音を響かせながら、その場に膝をついてしまう。いくらなんでもオーバーな……。

 しかし流石、霧。伊達に兄という立場ではないな。誇らしげ親指を立てている。

「いいか。わかっただろ。だからいい加減に、不機嫌になるのは止めて……」

「ええ。わかったわ、兄さん。要するに、そこまで私を馬鹿にしていたということね」

「へ?」

 目を点にしている、霧。そしてフフフと蘇ってくる悪魔。

「あ、あの……雫?」

「つまり、謝るふりをして、内心では嘲笑ってたのね。「可愛い子。こんな大勢の人の前で騒ぐなんてホントにおこちゃま。しょうがないから今度はミルクでも買って謝ろうかしら。ちゃんと哺乳瓶に入れてあげてね。あっはっはっは」……許さないわ、あの女」

 黒いオーラが……黒いオーラが滲み出てる……! どうするんだ、霧。またお前の話術でどうにか……。

 

 見ると、霧は、俺の横で体育座りをしていた。


「おいー! 何戦線離脱してるんだ! まだ戦いは続いてるだろ!」

 身体を揺らして霧に呼びかける、俺。

「ここで問題です。世界は上り坂と下り坂どっちが多いでしょう。正解は上り坂です。俺の人生はいつも上り坂だからです」

 そんなこと聞いてないから! と、あれこれしてる間に、雫は教室に向かおうとしている。驚異的な不吉さを醸し出して。

 昼休み。俺と霧は暴走する雫を説得するのに、全ての時間を費やしてしまった。

 結局、霧はもちろん、俺まで昼飯抜きになってしまったのは言うまでもない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ