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第三章 ~落ちない・泥~ 7

 この日は最悪の日だと思う。 

 普通に登校して(リオン親衛隊に睨まれ)、普通に授業して(リオン親衛隊に睨まれ)、普通に昼休みに入った(リオン親衛隊に睨まれながら)。

 俺は弁当を出す。残りもので作った、簡単なものだ。

「さて、飯だ。飯」

 同じく霧も弁当を取り出すために鞄を机に置いた。そしてその中を探り出す。その間俺は弁当を開けて、先に食べ始めている。しかし霧はそれを探した後、少し青ざめて俺に顔を向けてきた。

「……「どうした」とは聞かない。弁当忘れただろ」

 コクン、と頷く霧。何ともわかりやすいやつなんだ。

「どうしようか……」

「購買で買うしかないんじゃないのか?」

 無情に箸を進めながら俺はそう助言する。それを霧は腕を掴んで制する。

「おい。友人のピンチにお前はなぜ飯を食う?」

「お前は友人の昼飯をなぜ邪魔するんだ?」

 ギリギリと力がこもる両者の手。このままじゃ埒が明かないので、俺はため息をついて、それを止めてやる。

「で。俺どうしろと?」

「……一緒に雫のところに行って土下座してください」

 やっぱりか。

 おそらく霧の弁当はまた雫が所有しているのだろう。

 雫は基本(霧にはさらに)おおらかだ。しかしそれは一度目のこと。仏の面よりか脆いその温情。

 二日前に弁当を忘れたことを雫から注意されて、それをまた気付かなかったとなると……流石に怒るよなぁ。


『……また兄さんお弁当忘れてる。へぇ……ウフフ……一昨日言ったばっかなのに。うん、そうね。今度は許さないんだから☆』

 


「死んだな、霧」

「だから一緒に行ってくれって!」

 まったく、自業自得の極みだが。

 仕方なく、俺と霧は雫の教室に行くことにする。

 それ以上の地獄が待ってると今は知らぬ、その場所へ。




 その時そこは冷たかった。

 いや気温とかじゃなくて、空気そのものが。

 生徒たちは全員教室の隅に追いやられている。それぞれひそひそと話しあう者、人影に隠れる者、面白がって見ている者、様々だった。

 しかし全員の注目は全て同じ。

「なんでだよ……」

 思わず手で顔を覆ってしまう。

 それは教室の真ん中。

 そこにいたのは、腕組をしながら鋭い目つきをしている、雨地 雫と、

 それを俯瞰するように見つめている、紅染 リオンだった。

「おい。何してんだあいつら」

 俺の体を揺すってそれを指さす、霧。

「俺に聞くな、俺に」

 状況なんて飲み込めるはずがない。ただ分かるのは、不穏な空気がその場には流れているということだけ。

「どうする、カイト」

 どうすると尋ねられても。俺たちができるのは第三者としてこの二人を仲介することだけだが……

「いや、とりあえず様子を見よう。まず状況を把握してからだ」

 その前に何か起きそうな雰囲気満々なのだが。

 そして会話に耳を傾ける。

「あなた、そもそもどうしてうちのクラスにいるのよ! 大人しく自分のクラスでお昼ご飯食べてればいいじゃない!」

「私はこのクラスの子にお昼ご飯を誘われたからこっちに来たのよ。どこで食べようが私の勝手じゃないの?」

 怒りながらしゃべる、雫。それに対して紅染は冷静にそれに応じている。見た感じは紅染が大人の対応をしていて、若干、雫が何かおかしいことを言ってるのではないかと思ってしまう。

「それでも、これは非常識だわ。嫌がらせにもほどがある」

「だから謝ったじゃないの。スイマセンって」

「あなたが謝ったのは飲み物をこぼしたことでしょ! 私が言ってるのは、どうしてそれを床拭き用の! 黒く濁った! 汚い雑巾で! 机や私のカバンをどうして拭いたのかってことよー!」

 だーっと怒りを身体で表現する。

 なるほど。要するに、友人に誘われた紅染はこの教室で昼食をとることになり、何かの間違いで飲み物を机や鞄にこぼしてしまったのか。それをそのままにしておくわけにいかない紅染は、近くにあった雑巾でそれを拭いてしまった。

 しかし悲しいかな、それは溜まりに溜まったこの教室の汚れを受けた床拭き用のもので、さらに不運なことに、それはあまり紅染のことをよく思っていない雫の席であったということか。

「それしか身近になかったのよ。でもあのままほっとく方がいけないんじゃない?」

「そんなわけないでしょ! 見てよ、このカバン! 黒い汚れが移っちゃったじゃない!」

 見ると青い鞄がところどころ紫に近い色に。哀れな……。

「そう。じゃあどうすればいいの? 新しいの弁償するとか?」

「私はそんなことを言ってるんじゃないの! ただ謝りなさいって言ってるの」

「あら、そんなことでよかったの?」

 そう言うと、紅染は深々とお辞儀をする。

「ごめんなさい」

 あっさりと、紅染は謝罪する。それに雫はさらに表情を険しくして、

「フンッ!」

 と、鼻を鳴らしてその教室を去って行った。

 今のは紅染がまずいだろう。あれじゃあ逆効果だ。

「とりあえず、霧、お前は今日、飯は抜きだな」

 霧の肩に手を乗せて、そう言う。

「ああ。俺も食欲が失せちまったよ」

 最初に言ったように、だから今日は最悪な日なんだ。

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