第一章 〜死ねない・君〜 2
特に何もない日々。九重カイトの率直な高校一年の時の感想がこれだ。期待や不安を胸に抱いて、俺は高校に入学したが、開けてみたら特に何もない箱と同じ。陳腐といったら言い過ぎだが、本当にただ時間が流れているだけのような気がした。
確かに多くの友人を持った。霧や雫はそのうちの一人だ。そういう面では多分、俺は恵まれた環境にいるんだと思う。
それでもなぜか物足りなさを感じている自分がいる。
俺は部活にも入っていない。そんなに退屈なら部活をすればいいのにと言われるかもしれないが、おそらくそれでもこの気持ちは変わらなかっただろう。要するに、きっと、何にも打ち込めないんだろうと思う。
そうして一年は過ぎていき、高校生活の二年目が始まる。その一年に意味がなかったとは言わない。だが、そうした一年をまた繰り返すと思うと、少し憂鬱な気持ちになった。
「まぁ、楽しいことがないわけじゃないけど」
そう。楽しいことがないわけじゃない。霧や雫と話すのは楽しい。学校の行事も楽しくないわけがない。それを言うなら家事だって楽しい部類に入る。
わからないが、この欠乏感はそうとうなことじゃないと埋まらないんだろうと思っている。
「何が原因なんだろうな……。ホント、どうすればいいんだろう」
そんなことをボヤキながら、
俺は、スーパーのタイムセールの波に埋もれていた。
「って、その前にこの人ごみをどうすればいいんだ!」
どどどーと押し寄せる、おばちゃんという狂戦士たち。俺はそれに混じり、特売の肉を手に入れようとしているところだ。
「ヤバい、のまれる……いや、だが負けるわけにはいかんのだ!」
おりゃーと一気に肉売り場へ。これを乗り切った肉はさぞかしうまかろう。
これが、ローテーションが回ってきた家事当番の勤め。
早く、多く、そしてなにより安く!をモットーに献身しなければならない。
「我が家のメインを、今、この手に……!」
奮闘記。そう名付けるにふさわしい戦いであった。
ようやく戦いを終えて、自宅へと帰ってくる。なんとか買いたかった分だけは確保でき、内心満足している。
「ただいまー」
ガラガラと、今時珍しいスライド式の古風ドアを開ける。俺の家はとても大きな和風の家だった。うちの家計は代々、神社で神官をしており、現在も俺の祖父母は遠く離れた神社の現役神主さんである。そのためその名残かなにかはわからないが、俺の家も和風の造りになっていた。
「おおー。帰ったか、我が息子よ」
豪快な笑顔で大声を発するその人は、我が家の大黒柱にして俺の父親である九重玄だ。親父はなぜか玄関先で腕を組みながら立っている。
「ん? 何してんの?」
そう聞くと、ふっふっふと、指を立てて説明し始める。
「いやなに、お前には言っていなかったが、今から母さんと旅行に行こうと思っていてな」
いや、ホントに聞いてないし。
しかも今からって……俺が命がけで取ってきた、特売牛肉はどうすればいいんだ!
「そういうわけで、一週間は留守にするから、よろしく」
「って、そんな軽く言うなよ! だいたい、今日買ってきた食材とかはどうするんだ? 他にも食費や家事のローテーションとか……その他、諸々は!」
「ローテーションは繰り越して、カイト、お前がやっといてくれ。食費は五万用意した。好きなものを食べてくれ。そして今日買った食材は育ち盛りなんだから、一人で全部食べなさい」
そう言って、はっはと笑う、親父。最初までは納得したが、最後のは明らかにおかしい。うちは三人家族とはいえ、親父の食する量は四人前なのだ。つまり俺は六人前の夕食を食べなくてはならないということだ。
「笑い事じゃない。六人前なんて食えるはずがないだろ」
「なら、友達でも呼んでくればいいんじゃない?」
と、奥のリビングから現れたのは、俺の母親である九重愛華。母さんは母さんで、ほほほなんて声を出して笑っている。……うちの両親はどうしてこうも笑い上戸なんだ?
「そうだな。いい提案だ、母さん」
「ええ。伊達に何年も生きてませんよ」
ははは、ほほほ、と二人して笑う。ああ……頭痛い。
「とにかく、家のことは任せたぞ、カイト。父さんたちはもう行くから。電車に遅れてしまう」
「あらまぁ。早くしないとね」
と言って、いつの間にか用意していたキャリーバックを片手に靴を履きだす。
「え、ちょ! いくらなんでも急過ぎるだろ!」
「人生なにが起こるか分からない。いいか、よく心しとけ」
いやいや。心する前にアンタたち行っちゃうんだよ。というか、そう言ってるあなたたち自身がこの状況を作り出してるわけで……
「じゃあね、カイト。お土産はたくさん買ってくるから」
「さぁ、行こう。母さん」
「ええ、アナタ」
そしてガラガラとドアを閉め、風のように去っていく。おいおい……本気かよ……。
「ってことは一週間、誰もいないのか……」
まぁ寂しいわけでもないが、やはり少し家の中が静かになってしまうのを思うと、どこか切ない。
「まぁ、親父と母さんがこうなのは今に始まったわけじゃないし……。とりあえず、夕食どうしようかな」
食べきれない食材は、未だ俺がぶら下げてるスーパーのレジ袋の中に。
「はぁ……。霧と雫を呼ぶか……」
あっちも二人身だし、大丈夫だろう。俺は電話をして霧と雫を呼ぶことにした。