第三章 ~落ちない・泥~ 5
時間も大分経過し、日は沈みきっている。紅染と俺はそれから駅を離れ、人気の少ないところも回った。しかしそれでもアンデッドの気配は未だにない。
また少し人通りの多い道。俺の足も徐々に重くなってきた。
紅染は紙袋を胸に抱きながら歩いている。もちろんそれはさっき買った洋服だ。
「なぁ紅染。ここまででアンデッドの気配はないのか?」
「全くと言っていいほどないわ。まぁ敵も私の存在のせいで自由に動けないんじゃないかしら」
その紙袋をさらに強く抱きしめる。歩く速さは少し速く、前行く人を抜かしていく。
「昨日の戦闘のせいか?」
それがまず、紅染の正体を知らしめてしまった理由の、最初に考えられるものだった。昨晩俺を助けるために戦ったせいで紅染の存在を明るみに出してしまったなら、俺にはかなりの責任がある。
「いえ、違うわ。その前にセレナ・ブランアルベルの仲間と一回だけ戦闘を行って追い返してるから、もっと前から知られていたはずよ。そのはずなんだけど、なぜかセレナ・ブランアルベルは私がこの街にいること知らなかったみたい」
なるほど、そうだったのか。それならアンデッドの方も警戒するだろう。流石に不死身とはいえ、天敵のアンデッドバスターのいるところで大っぴらに人を襲うことはしないはずだ。
「じゃあ今日はアンデッドが出る確率は少ないんじゃないのか? 二回も返り討ちにしてるわけだろ?」
「ええ。だけど油断ならないわ。アンデッドの行動なんて、それこそ天災のようなものだもの。いきなりやってくるかもしれないし、その街から逃げ出すかもしれない」
「なるほど。確かにそんなことで探索を止めたらそれこそ相手に人を襲ってくださいって言ってるようなものか……。って、ならなんで紅染は昼に学校なんかに行ってるんだ?」
そんないつ人を殺しにくるかわからないやつらをほっといて、学校にいるのは少々危ない気がするのだが。
「この前言ったように、アンデッドが行動するのは大抵夜なの。勿論、例外はいるけど、夜じゃなかったら夕方。朝や昼は行動をしないで、寝ているか、住みかでじっとしているかよ。昼に行動するやつはそれこそ異端なアンデッドよ」
俺を横目で見ながら、そう言う。だから紅染は学校に行っているのか。いや、待て。
「でも、だからと言って、学校に行くメリットは少ないんじゃないのか? だったらずっと街の探索をしていた方がいいんじゃないのか?」
俺がそう言うと、むっとした顔を向けてくる。……あれ、俺おかしなこと言った?
「何、カイトは私に、四六時中仕事をしてろって言うの?」
あ、そうか。そりゃそうだよな。紅染はずっと仕事をしてるわけじゃないんだ。自分自身の時間も大切にしたいに決まってる。
「悪い、紅染。そうだよな。お前も自由な時間ってのも必要……」
「なんてね。実際はアンデッドが若い人の血を好むからよ。だから私はこの地域唯一の大きな高校に入ったの」
「……心配して損した。というか、それなら結局四六時中仕事じゃないか」
ふふっと笑う紅染。俺は呆れてため息をついてしまう。
「カイトが私を仕事ばっかやってる、みたいな目で見るからよ。……だけど、学校に行ってみたかったっていうのはホントかしら。籍上では一応、イギリスの学校に入学してるってことにはなってたけど、実際に通ったことなんて一度もないんだから」
紅染はどこか遠くを見てそう言う。そうか……。表では帰国子女ということにはなっていたが、裏ではアンデッドバスターとしてアンデッドを討伐する生活だ。そんな事をしているのだから、普通の学校生活が送れるはずもないだろう。
今日の買い物にあれだけ楽しそうにしてたのも、それが原因ではないのだろうか。
ただ仕事をこなしていく生活。そんな中に埋もれていたから、本当の女の子の日常というのが欠落しているのだ。
月が見える。白い、とても真っ白な半月が。空が澄み切ってよく見えるそれは、手が届きそうな気がする。
「……なぁ紅染。アイス食べるか?」
「へ。あいす?」
俺がいきなりそんなことを言うと、目を丸くする、紅染。それは唐突に思いついたことだ。俺自身も何でそんなことを言ったのかはよくわからない。
「ああ。向こうの方にそういうお店があるんだ。四時間も歩きっぱなしなんだから少し寄るぐらいいいだろ?」
そのような提案をすると、紅染は少し考える。そしてそれを頷いて賛同する。
「そうね……。じゃあ行きましょうか」
もう一度、空を見上げる。半分に欠けた月。俺は手で半円の弧を作り、それをその月にくっつける。
とても歪な形のその疑似満月。それでも俺は、こっちの方がいいと感じた。