第三章 ~落ちない・泥~ 3
さて、そういうわけで駅の方まで降りてきた。この街は駅周辺が他の場所と比べ栄えており、デパートや本屋、それにレストランなどがあちらこちらに立ち並んでいる。
その駅と平行に通っている大通り。そこにはたくさんの木々が植えられており、ギラギラと照らし続ける太陽を少なからずさえぎってくれる。
そして俺と紅染はその道を何でもない話をしながら歩いていた。
「というか、紅染は帰国子女ってことになってるよな。見た目もしゃべりの流暢さからみても生粋の日本人ってことは分かるけど、どのぐらいの間外国にいたんだ?」
「そうね……とっても長い時間かしら。だけど帰国子女って言っても、私の場合仕事上、居を転々としてきたから特定の国に何年もとどまるってことは余りなかったけどね」
なるほど。そういえば、この前もある特定のアンデッドを追っていると言っていたな。だからこそ居つく土地というのがないのか。
「へぇ。それにしてもやっぱ大変だな、アンデッドバスターって……。ん? そういえば、紅染は何歳からそんな仕事してるんだ? 聞く限りじゃ最近ではないよな」
「確かに最近ではないわ。でも、ごめんなさい。あまり私的経歴のことは話したくないの」
と、あっさり質問を流されてしまう。まぁあまり女の子の私的なことをベラベラと聞くのはいただけない行為だな。
「悪い、失礼なことを聞いた」
「いいえ。悪気がなかったみたいだし、別にいいわよ」
そう笑って許す、紅染。そんな様子を見る限り、なんだかんだで会話は退屈ではないようだ。
駅周辺を探索して、約三十分。先ほどからアンデッドがいるような気配もなく、そこには買い物に行く主婦や、学校帰りの学生でにぎわっている。直に五時を過ぎるころだ。そうなるのも頷ける。
そんなことを思いながら、歩を進めていると、ふと、俺たち二人の横を一組のカップルが通り過ぎる。一緒に並んで、仲良く手まで繋いでいた。
周りが見ても羨ましいと思うその光景。
だけどそういえば、俺も今、男女二人で歩いてるんだっけ……
「どうしたのカイト? あの二人組知り合い?」
俺がその二人を呆と眺めてしまっていると、紅染が俺の顔を覗き込んでくる。
「っ――! いや、何でもない。何でもないからさぁ行こうか」
紅染はきょとんとクエスチョンマークを出している。落ちつけ、俺。平常心だ、平常心。
「へんなカイトね。しっかりしてよ。これから危険があるかもしれないんだから」
穏やかな笑顔を俺に向けて、そう言ってくる。
確かに危険いっぱいな散策になりそうだ……。気を抜くと悶え死ぬ可能性もなくはない。
俺はいつも通りであるように心掛けるものの、心臓の打ちつけは速くなるばかり。死ぬのは時間の問題か……。
「って、あれ? こんなところに洋服店なんてあったけ」
と、目にある店が入ってきて、ついその歩を止めてしまう。そこにはチェーン展開している、某有名ブランド衣料販売店が建っていた。
「そういえば、雫あたりが結構前にこんなものができるって言ってたなぁ」
「洋服屋さん?」
ひょこっと俺の横から顔を覗かせてその店を見る、紅染。その眼はもの珍しそうなものを見るような感じだった。
「ああ。最近オープンしたらしい。俺も知らなかった」
それにしてもでかいな。周りの洋服店を潰す気か?
見たところ、どうやら客はそれなりに来ている。オープンだし、何かセールでもやってるのかもしれないな。
「まぁ気が向いたら行ってみるか……って紅染?」
見ると紅染はふらふらとその店に近づいていっている。まるで宙を浮く風船のように。何かまずいと思った俺は、紅染の腕を掴んでそれを制する。
「……はっ! 私は何を……」
「いや、ふつーにあの中に入ろうとしたんだよ……」
正直驚いた。何も言わず、洗脳されたようにその中へ入っていこうとしたのだ。
いったい何が……。見ると紅染はまだ、その洋服店へと目を向けている。
そして、俺はあの公園に来た時から思っていたことを今、思いだす。
「そういえば、紅染、何で今日は私服じゃないんだ? 俺は着替えるのがめんどくさいから制服で来たんだけど……」
そう聞くと、紅染は黙って俯いてしまう。あれ? 俺なんかまずいこと聞いたか?
「あ、あの……紅染?」
「……これしかないの(ボソリ)」
「へ?」
今何か、爆弾のスイッチのような音が聞こえたが……。
「私、こっちの普段着はこれしか持ってないの! しょうがないじゃない。だって、服って高いし、確かにかわいいなって憧れるけど、私じゃ似合わないと思うし、だったら可もなく不可もないこっちの学生の指定服装でずっといればいいかなって思って……」
紅染はなぜか激しく動揺している。聞く感じ最後の方は引っ込み思案な女の子の考え方のような気がしたが……。
「じゃあなんだ……買いに行くか?」
「へ……?」
目を丸くして俺の言葉にさも驚いている。
「いや、だから。あの店に入ってみるかって言ってるんだ。アンデッドの気配だって全然しないわけだし、休憩がてらにあの店に入って服を買わないかと」
そんなことを言うと、なぜか周りをきょろきょろと見始める、紅染。うーむ……。今までのイメージと何やら違う一面が浮き彫りになっていってるな……。
「で、でも……私、財布家だし……」
「俺が持ってる。なに、一着二着なら買えないことはない。この前臨時収入があったんでな」
まぁ五日間の生活費として渡されたものだが、別に少しぐらい私的なものに使っても大丈夫だろう。
「で、でも」
「ほらいくぞ。俺がそう言ってるんだから、早く」
そう言って俺は手を引いて、その店に入っていく。
その途中、ちらと見た紅染の顔は、どこか少女のような幼さがにじみ出ていた。