第二章 ~見えない・闇~ 11⇔
月が煌めき、木々が風に靡いて鳴いている。そこは閑散とした木々の中、ただ一戸、古びた洋館がそこにある。
肩を引きずり帰還してくるのは、セレナ・ブランアルベル。先の戦闘で負った彼女の傷は癒えないまま、そして胸には怒りの念が押し寄せている。
「あの女……絶対に……絶対に許さない……」
そんなことを呟きながら、洋館の中へと入る。
内装は絢爛豪華とまではいかないが、中々立派な内装をしている。一面には絨毯がひかれ、高級そうな絵画や美術品がいたるところにあった。
しかし明かりはついておらず、光は月から注がれるものだけ。その光景は邸内をとても不気味に感じさせる。
「あら、帰ったの、セレナ」
誰かが入口の奥の方で立っている。闇に溶けきっているその姿は、嘲笑いながらセレナを見つめる。
「姉貴……。何だよ、あたしに何か用でもあるのかよ」
噛みつくかのように、セレナはその闇を睨む。そんな態度を見た、セレナの姉はそれを鼻で笑う。
「いいえ、別に。ただ益体もない妹の姿を見て、少し心のストレスを発散しようと思ってね」
殺気立つセレナ。それに臆せず、またクスクスと笑いだす。
「もういっぺん言ってみろ。いくら姉貴でも容赦しない」
「その身体でよく吠えるわね。せっかく貴方のその傷を治してあげようと思ったのに」
そう言ってセレナに近づく。その行動を見て、セレナは少し後退してしまう。
「このぐらい……一人で治癒できる」
「よく言うわ。見たところ一級品の聖装備で負った傷みたいだけど」
闇から抜け出すその人物。彼女はセレナの肩に手を置き、何やら不思議な光を発する。そうすると、見る見るうちに傷が治っていく。
「これでおしまい。はしゃぎすぎよ、セレナ」
セレナは肩を回し、その状態を確かめていたが、その発言に対して反論する。
「しょうがないだろ。あんなやつがこの街にいるなんて、知らなかったんだ」
「紅染リオン?」
セレナがまだ口にしていなかったその名前を、彼女は口元を釣り上げながら言い放つ。その表情を、セレナは不審に思い、目つきを鋭くした。
「何で知ってる……。あたしが襲われたのは結界のアラームで知らせたけど、戦った相手はまだ言ってないはずだ。……姉貴。あんた、まさか」
「ええ。彼女の存在は大分前から知っていたわよ」
達観。彼女はセレナの遥か高みから、見下ろしている。それはセレナを焦燥させ、その不安から怒鳴りつける。
「ふざけんな! 知ってるなら何で言わないんだ! この街のバスターよりあいつらは性質が悪い……」
「紅の聖槍使い。西の聖職者。そして、同胞殺し。フフ、嘆願すれば助けてくれたんじゃない?」
何かにつけて、彼女はセレナにつっかかる。怒りを歯を食いしばって、抑え込む。
「冗談はほどほどにしろ。あたしは何で姉貴が紅染リオンがこの街にいるって知ってて、どうしてあたしに教えなかったのかって聞いてるんだ」
真剣に問いただすセレナをつまらなそうな眼で見つめる。そして、見下ろすように、彼女は答える。
「別に。ただ紅染リオンがどれだけやれるか試したまでよ。あの付近に紅染リオンがいるってことは知っていたからね」
そう。全ては盤上。この偶然は計画的に進められたものだった。紅染リオンとセレナ・ブランアルベルが対峙するという偶然を。
「な……」
「それと、次はカンナと一緒に出なさい。あの子と二人なら出し抜くことができるでしょ」
そう言って、女はまた闇へと消えていく。
「おい! 待て! 姉貴、あんた何を考えて……」
「うるさいわね。私今日は血の注入してないからイライラしてんのよ。これ以上、私を怒らせると……本当に殺すわよ」
そうして闇はある部屋へと入っていく。
懐疑の念がセレナの脳裏に浮かぶ。
「あの人は、本当に何を考えてるんだ……」
空虚な空間。誰に言うわけでもなく、そう呟いた。