第二章 ~見えない・闇~ 9
その公園の地面には血が点々と落ちている。俺はその場所で、ただ地べたに座り込んだまま、ぼうとしている。
目の前には紅染が黒のローブを風になびかせて立っている。そして、それに流されるように、その槍の姿が消えていく。
俺は今の出来事を思い返す。たった五分程度の事だった。しかしとてつもない長さを感じた。
あの化け物も、先程の凄惨な戦いも、全部、ホント。
「紅染……これは」
「……」
無言で俺を見てくる、紅染。その表情はどこか悲しげに見えた。そして背中を向けて歩きだす。
「ついてきて。説明してあげる。さっきのことも。この前のことも」
「え、ちょっと……」
その歩はどこか刺々しい。俺は逆らえず、紅染の後を追った。
紅染の住んでいるは最近できた大きなマンションだ。しかし、なぜかその建物の存在は周りのよりも格段に劣る。不思議な建物である。
「って、紅染。両親とかは大丈夫なのか?」
「うん。私、一人暮らしだから」
……こんな高級そうなマンションに一人暮らし。ますます紅染の正体が見えなくなる。こいつは本当に何者なのか?さっきの戦闘、いやその前からの運動神経や俺に対する言動。全てにおいて、謎が深まる。
エレベーターに乗り込む、俺たち。五階のボタンを押して扉を閉める。
紅染はずっと黙ったまま。俺も従うように話しかけない。
長く感じたエレベーターもようやく開き、紅染はすたすたと自分の号室へと向かい、俺もその歩に合わせて歩く。
そしてある部屋の前に止まり、鍵を開けて、
「入って」
そう一言。そうして俺は中に入る。そこはとても広い空間だった。それも当然だろう。このマンションは一人暮らし用の建物ではない。家族で入居するためのところだ。
机、食器棚、テレビなどが整然と置かれている。しかし、どうも女の子が一人暮らしをするような場所ではないような気がした。おそらく、装飾の問題だろうが。
紅染はローブを脱ぎ、それをハンガーにかける。その下にはうちの制服を着ていた。当り前だが、ローブに付着した血の跡は未だとれてはいない。
「なぁ、紅染」
俺は無言に耐えきれなくなり、話し始めてしまう。その呼びかけに紅染は俺の方を見てくる。
「もういいだろ? 聞かせてくれ。さっきのはいったい何だったんだ」
急かすように尋ねる。いたって冷静に紅染は俺を見てくる。
「わかったわ。話しましょう。さっきの女の話や、私のこと」
そう言って、彼女は近くの椅子に腰を掛けた。
「さて、じゃあまずは、あの女がいったい何者だったかってところからにしましょうか」
俺と紅染はテーブルを通して対面になって椅子に座っている。彼女は落ち着き払った様子で、ことのあらましを話しだした。
「カイト、貴方、死んだ人って生き返ると思う?」
唐突な質問をされる。いったい何なのだろうか……。
「そんなの無理に決まってるだろ。死んだ者は生き返らない」
当り前の回答を口にする。死んだ者を生き返らせることなど、人間には不可能。それは理に反するというもの。
「ええ、それは周知のこと。死者は生き返らない。死んだ人を生き返らせるのは、人を殺すことより罪深いこと。だからね、ある人物は思った。生き返らないなら、死ななければいい。つまり、不老不死になればいいと」
「は?」
思わずそのような声が出てしまう。不老……不死?
「西洋にはね、昔から魔法使いがいて、その人たちがそういう風に思ってしまった。そして、その秘術を完成させる」
「……紅染、俺をおちょくってるのか? そんなオカルト話を信じろと?」
「じゃあ貴方はさっきのあれも信じないって言うの?」
「っ……」
もう一度、あのさっきシーンが生々しく脳内で映し出される。宝の地図がその宝を見つけてしまった時点でただの地図になり下がるのと同じ。俺もそのオカルトじみた現実を体験してしまった時点でそれはすでにオカルトではない、ただの現実だ。
「確かに信じがたいことかもしれないけど、教えてほしいって言ったのは貴方よ。なら話の腰を折らないでほしいんだけど」
棘のある言葉を紅染は俺に投げかける。確かにそうだ。もうあれは普通の現実とはかけ離れたものだと認知していたではないか。
「わるい。わかった、続けてくれ」
そう言うと、紅染は一呼吸置いてから、また話しだす。
「いい? そしてその秘術で不老不死に成った者がいる。それが、アンデッド」
「アンデッド……?」
紅染は漫画や映画で出てくる名前をあげる。しかし俺にとってアンデッドは一度死んだ者が生き返ったゾンビのようなものがイメージとしてある。
「このアンデッドは文字通りの意味でのアンデッド。絶対に死なない存在。秘術によって、死ぬことも、老衰も『不』可能になってしまった。そして、それがあの女の正体」
なるほど。だからさっき俺が先の尖った木の棒で腹部を刺しても何ともなかったのか。
「いや、待て。何も不老不死だからといって、傷を負わないってわけじゃないよな。でも変だ。あいつ、俺が攻撃しても傷が塞がっていった」
「いいえ。アンデッドは傷すらもつけられない。それは不老不死と不死身が合わさった者と言った方がいいのかもしれない。まさに最強の人間よ」
そんな馬鹿な。不老不死でも凄いのに、さらに不死身? 絶対に倒せない敵じゃないのかそれは……。
「だけど、紅染の攻撃は効いていたじゃないか。あれはどういうことなんだ?」
そうだ。紅染は何か大きな槍を出して、確かに相手にダメージを負わせた。ならば不死身ではないはず。
「そうね。それはまた後でまとめて説明するわ。それは私自身の正体に繋がってくるから。先にそのアンデッドのことをもう少し詳しく教えてあげるわ」
そして、紅染は椅子に腰をかけ直す。ここからがさらに重要な話なのだろうとうかがえた。