第二章 ~見えない・闇~ 6
坂を下りきり、少し真っ直ぐ行ったところで、「私、こっちを五分ほど行ったマンションだから」と言って紅染と俺は別れた。どうやら、俺とは逆方向に家があるらしい。交差点で、俺は左、紅染は右に曲がっていったのだ。
結局、あの言葉の意味も、学校にあっ用事のことも聞かずにいた。下校中の会話は、本当にとりとめもなく、他愛もないもの。
ただなぜか嬉しそうな紅染の表情だけを覚えていた。
そして俺は十分かけて、家に到着する。
「ただいまー」
そんなことを言ったところで、もちろん中には誰もいない。とりあえず鞄を置いて、俺は今日の晩飯の食材を買いに行くことにする。
時刻は六時半過ぎ。辺りが暗くなるのは、そう遅くなかった。
俺は買い物を済ませたのち、晩飯を作って食べ、ずっと家でテレビを見ながらくつろいでいた。
そんなことをしていると約十一時過ぎ、もう少しで風呂に入って寝るかと思っていたころ、急に電話がかかってきた。家には誰もいないので、しょうがなく俺自身が受話器へと向かい、その電話をとる。
「はい、九重です」
「もしもし、大谷ですけど」
大谷……? 大谷は俺のクラスメートの男子生徒だ。出席順が俺のひとつ前なので、同じクラスになった時は、霧と同じぐらい話していた友人だ。
「大谷? 俺だ。カイトだ。どうした、こんな時間に、しかも家の電話で……」
「おお、カイト。いや、実は連絡網でな。ちょっと真面目な話だから、携帯より家の電話でかけた方がいいと思ってな」
そう聞いて不思議に思う。連絡網など、滅多に使われない。というか、俺は今までPTAの何かでしか連絡網は回ってこなかった。しかし大谷の口調からは、そんなどうでもいいことではないのが伺える。
「どうした?」
大谷は間をおく。その沈黙はそのことを言うのを躊躇っているものだろう。そしてすっと息を吐く音が聞こえた後、
「笹江が、行方不明らしい」
俺の脳を麻痺させるようなことを、言い放った。
「笹江が行方不明?」
「ああ。親御さんが言うには、まだ家に帰ってこないらしい」
そして俺は思い出す。あの体育館で、知り合いが言っていた言葉、「笹江が帰ってこない」。
「待てよ。遅い時間だけど、まだ十一時だぞ? 夜遊びしててもおかしくはないんじゃないか?」
俺は自分をなだめるために、そんなこじつけを言ってみる。
「確かに、俺も始めこのこと聞いた時、いくらなんでも過保護すぎるだろって思った。だけどな、鞄も、靴も、学校にあったんだ。しかも着替えの制服も。おかしいだろ? 部活着でしかも鞄置いて遊びに行くやついると思うか? しかも練習中からいなくなったらしいぞ。あの笹江が練習サボってしかも鞄とか靴も体育館シューズのままで行くと思うか?」
少し興奮して、大谷はそう言う。その通りだ。笹江はそんな風にサボって遊びに行くようなやつではない。それはさっきも確認したことだ。ならなぜ、笹江は家に帰ってないのか?
「……とにかく、わかった。連絡は回しとく」
俺はそう言って、電話を切ろうと「じゃあな」と言おうとしたが、
「なぁ、カイト。これって、今日の朝の噂と同じなのかな?」
そう質問されてしまう。ドクンと胸の鼓動が速くなるのがわかった。
うちの女子生徒行方不明事件。結局、今日一日、その子が見つかったという知らせは、まったく聞かなかった。俺は口を紡ぐ。何を言っていいかわからない。
なにせ俺もさっき、そんなことを思ってしまっていたから。
「さぁな。まぁ大丈夫だろ」
根拠のない答えを返し、「じゃあな」と言って、その受話器を置いた。
そしてまたあの言葉を思い出す。
――気をつけた方がいい――
はっとする。そういえば俺は、あいつが学校で何をしていたか、聞いていなかった。
確かめなければいけない。
「家の電話番号もまだわからない。携帯もわかるはずもない。なら……」
自分の足で探す。そうするしかない。
明日でも別によかったのかもしれない。だが俺はそんな悠長に待っている時間はないのだ。
「そうだ。もし、あいつが……」
そう、もしあいつが、紅染が、全てやったことなら……。
ずっと思っていた最低な答えを、ようやく俺は頭から引きずり出した。